初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 仕事を辞める気持ちは揺らいだ。
 転職するあてもないし、転職活動をする時間もない。辞めてから探すのでは不安だ。
 貴斗に口説かれるのは嫌だった。強引さは相変わらずで、だけど、無理強いはしてこない。それで初美は躊躇してしまうのだ。

 蓬星にはそれを言えなかった。
 彼も仕事が忙しい。朝晩とメッセージのやりとりをしているが、いつも言葉は少ない。スタンプだけのときもある。負担をかけるようなことはなにも言いたくなかった。

 貴斗が蓬星をどうにかするようなことを言ったのは、あのときだけだった。
 貴斗は本当に反省したのだろうか。
 だが、それを深く考える暇などないほど、仕事を振られ、初美は毎日くたくたになるまで働いた。



 芦屋初美が大事なら明後日の六時半、ロイヤルクラートホテルのバーに来い。
 そのメールを見て、蓬星は顔をしかめた。
 送り主は知らない名前だ。フリーメールのアドレスだった。

 貴斗か。
 真っ先に疑った。仕事のメアドも、彼ならわかっているはずだ。

 これは罠だ。
 それはわかる。無視するべきだ。
 だが、やはり初美のことを出されると弱い。

 初美が営業に異動になってから一週間、まったく会えていなかった。これまでは毎日仕事で会っていたから、会えない一週間が慣れなくて、つい隣を見ては空席にため息をついた。

 噂では貴斗が一日中くっついて離れず、外回りにも連れ出しているという。
 あの遊び人の貴斗がとうとう年貢を納めるのか。
 一週間でそんな噂すら出ていた。
 メールを見たその日は気にせずに過ごした。
 だが、二日目になると逆に気になり始めた。

 初美にメッセージを送り、なにも変わったことはないかとたずねる。大丈夫、とだけ返ってきた。
 仕事が忙しいのか、メッセージは前より減った。お互いにスタンプだけでやりとりをすることもある。

 詳しく状態を聞きたかったが、逆になにかあったのかと疑われそうだ。そうなると怪しげなメールのことを話さなければならない。初美に負担をかけたくないから、それはできなかった。
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