初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 予告された当日は朝からソワソワして、周囲になにかあったのかと聞かれるほどだった。
 ……駄目だ。
 蓬星はあきらめた。
 初美が心配すぎて、仕事が手につかない。ならば罠を覚悟でホテルに行き、真相を確かめるしかない。
 定時で仕事を終えると、蓬星はホテルへ向かった。



 蓬星が呼び出された同日、初美は貴斗にロイヤルクラートホテルに連れられた。
 高層ビルの三十三階から五十階がロイヤルクラートホテルになっていて、下層階には様々な会社や商業施設が入っている。

 貴斗はそのホテルの大浴場のメンテナンスについて、話をしに来ていた。
 なぜかアポは六時にとられていた。
 こんな時間はホテル側にとっても不本意なのではないだろうか。そもそもメンテナンスの話で部長がわざわざ出るだろうか。それとも、相手が超一流ホテルだから貴斗がわざわざ出向いたのだろうか。疑問に思うが、聞くこともできない。

 メンテナンスの話もそこそこに、貴斗はホテル側の対応に出た人と雑談を交わす。
 初美は困惑した。これも営業の一貫だとは思うが、雑談しているようにしか思えない時間は居心地が悪かった。
 ようやく話を終えて廊下に出ると、彼は言った。

「ここのレストランは絶品との噂だ。一緒に夕食でもどうだ?」
「お断りします」
 初美は貴斗の誘いだけはきっぱりと断っていた。付き合っていたときの性格が本性なら、どんな目に遭わされるかわからない。
「相変わらずだな」
 貴斗は苦笑した。騙し討ちのような会食以来、貴斗は強引に食事に連れ出すことはなかった。

「今日くらいはつきあってくれてもいいだろ」
「嫌です」
「仕方ないな」
 貴斗は苦笑した。
 一緒にエレベーターに乗り、一階まで降りる。エレベーターホールで、貴斗はまた切り出した。

「本当に、ダメか?」
 なぜか今日の貴斗はしつこい。
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