初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
「恋人がいるのにほかの人と食事に行くなんてできません」
「相変わらず堅いな。俺がほかの女と出かけたときも怒っていたのを思い出したよ」
 貴斗はまた苦笑した。

「あのときは食事くらいでと思っていたが……今なら気持ちがわかる。お前がほかの男と一緒にいると思うと嫉妬で気が狂いそうだ」
 調子がいい、と初美は苦々しく思う。今さらそんなことを言われても、もう気持ちは戻らない。

「あれは……」
 ふと貴斗がつぶやいた。思わずという声だった。
 なんだろう、と貴斗の視線を追ったときだった。
「見るな!」
 貴斗が初美を抱きしめるようにしてかばう。
 が、初美は見てしまった。

 なんで蓬星さんがここに!?
 初美は驚きで声をなくした。
 しかも、彼は女と抱き合ってエレベーターに乗るところだった。初美には気づいていない。
 初美はなぜか、気づいてしまった。この距離なのに、なぜか。
 彼は指輪を外していた。
 思わず初美はエレベーターに駆け寄った。だが、そのカゴは初美の眼の前で閉まってしまう。

「嘘……」
 エレベーターの移動を表示する、上に向かう矢印を目で追う。
 ペアリング、つけてくれない?
 そう言ったときの彼の顔が蘇る。
 虫よけ、わかりやすいでしょ?
 蓬星はあのとき、にこやかに笑っていた。
 エレベーターが到着した階数を表示した。

「あれは…ホテルのロビーがあるフロアだな」
 貴斗はつぶやく。
 そんなの、言われなくても分かる。先ほどまでいたフロアなのだから。
 初美は呆然と33の数字を見つめた。数字はしばらくして減っていく。
 再び開いたそこに、蓬星の姿も連れの女の姿もなかった。

「……行こう」
 言われて、初美は貴斗を見る。
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