初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
「元気がいいのは良いことです」
 初老の男性が立ち上がり、言った。
「私が室長の砂野治郎(さのじろう)です。よろしくおねがいしますね」
「お願いします」

「デスクはあちらで。みなさんにはまたあとで紹介しましょう」
 言われて、初美はデスクに向かった。
「副室長が……ああ、ちょうど来たな」
 彼がドアに目を向けたので、初美もそちらを見た。
 愕然とした。
 温泉で出くわした彼だった。
 彼もまた、驚愕を顔にはりつけて初美を見た。

「……知り合い?」
「いいえ」
 どぎまぎして、初美は答える。
 彼はくすりと笑った。
 初美は慌てて頭を下げた。

「初めまして。芦屋初美です」
石室蓬星(いしむろほうせい)です」
「彼も最近こちらに来たばかりなんだよ。転職組でね」
 佐野が言った。

 転職していきなり副室長なんてすごいのでは。
 初美は窺うように彼を見た。
 今回の旅でお気に入りのブラを一枚なくしていた。旅館に忘れたのだろうが、彼に見られてしまっただろうか。
 ボクサーパンツは彼のものだろう。なんとなく洗って持っているが、返したほうがいいのだろうか。

「おはようございまーす。あ、せんぱーい!」
 仁木田瑚桃(にきだこもも)が現れた。
 初美はひきつった笑みを浮かべた。
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