初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
「あいつは祖父の威光をかさにきて、子供の頃からやりたい放題だった」
 初美のショックを知ってか知らずか、貴斗は言う。
「使用人に暴言を吐き、無茶な命令を言う。いじめで退学寸前になったこともあった。俺が注意すると殴りかかってくることもあった」
 初美の知る蓬星は決してそんな人物ではない。誰にでも穏やかで優しくて……。使用人に暴言を吐いたり無茶な命令をするのは、むしろ貴斗のほうがしっくりくる。

 そう思って、ふと思い出す。
 あるとき、電話に出た彼はおそろしい目でなにかをにらみ、電話の相手を罵ろうとしていた。初美の視線にきづいたからやめたようだったが、あれは蓬星の本性だったのだろうか。

「就職活動はろくにしない遊び人だった。それで現場仕事にしか就職できなかったが、それもさぼりがちだった。嫌気がさしてコネを使って企画に潜り込んだそうだ」

 この発言にも違和感があった。前の仕事の話をしていた蓬星は楽しそうだった。会社の仕事も真面目にこなしていた。データがない、と青褪めた顔を覚えている。仕事をきちんとする人でないとあんな必死にはならない。

「そして、創業者の孫だからあいつには婚約者がいる。あの女は婚約者だったのかもな」
「そんな……」
 浮気してから別れるなんてしないで、と彼に言ったことを思い出す。
 浮気なんてしない、と彼は言った。
 自信があるようだった。
 婚約者が本当なら。
 初美は震えた。
 自信があって当たり前だ。浮気相手は自分のほうだったのだから。

「あんな男は忘れろ」
 席を立ち、貴斗は初美を抱きしめる。座っている初美の頭が彼の体に包まれる。彼の愛用の香水の懐かしい匂い。

 この匂いに包まれるのが好きだった。自分はあまり香水をつけないから、男性なのに香水をつける彼に負けている気がしたときもあった。
 自分も香水を、と思ったこともあったが、結局は彼の香りが好きだからつけなかった。

「愛してるよ、初美」
 彼が初美の頬に手を添える。
 顔を上向かされた瞬間、初美は顔をそらした。
 今は優しくても、貴斗は眼の前で浮気を見せつけた男だ。

 だが、蓬星もまた女を連れてホテルに向かった。
 貴斗は初美の左手を持ち上げる。
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