初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 呼び出された先のホテルのバーに、この女がいた。夜景の見えるバーだったが、女は景色に背を向けてカウンターに座っていた。
 貴斗に紹介された女であることはすぐにわかった。貴斗がいないのだから、呼び出したのはこの女に違いない。

「あなたが俺を呼び出したのか」
「そうよ。あなたに会いたくて」
「彼女に何をする気だ」
「私はなにもしないわよ」
 女は妖艶に笑ってみせた。男を誘い惑わせるに足る笑みだ。
 だが、蓬星はピクリとも表情を動かさない。ただ冷たく彼女を見据えた。

「今日、貴斗と、貴斗の狙ってる女がこのホテルで密会するの。あなたには必要な情報じゃない?」
「彼女がそんなことをするはずがない」
「彼女を信じてるのね」
「当たり前だろ」

「私とあなたの可能性は一ミリたりともないのかしら」
「どこまで行ってもゼロだ」
「悲しいこと言うのね。もう少し婉曲にロマンチックに言ってほしいものだわ」
「どう取り繕っても結果は変わらない」
 帰ろうとする蓬星に、未麻は言った。

「あら、一杯くらい、つきあってくださらないの?」
「断る」
「私の失恋記念なのに」
 女の言葉に、蓬星は顔を向ける。
「あなたは私とつきあってくれないのでしょう? だから、一杯だけ。それでもうあなたにはつきまとわないわ」
 蓬星は女をはかりかねて、その場で立ったまま女を見る。

「ねえ、私のブルーな気分に合ったカクテルを作って。2つよ」
 バーテンは青色のカクテルを2つ作り、カウンターにおいた。
「乾杯しましょ。私の失恋に」
 そう言って、カクテルグラスを掲げた。

 ただこの一杯ならば。
 それでもう終わるのならば。
 蓬星は立ったままそのカクテルを煽った。
 そこまでは確実に覚えている。
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