初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 彼女は以前、事務にいた。苦手なタイプだった。現在は二十五歳のはずだが、いまだに女子大生のような雰囲気だ。かわいらしくて、その点では妬ましくもある。地味な自分とは相容れない。
 なにより、事務時代にいろいろやらかされて、二度と一緒には働きたくなかった。

「異動は聞いてたんですけど、事務一筋の先輩が企画で大丈夫なのか、心配してたんですよぉ。ここでは私が先輩ですからね!」
 語尾に星か顔文字がついてそうだ、と初美はうんざりした。

「仕事は石室くんが教えてあげてね」
 佐野が言い、二人は顔を見合わせた。
「私も先週来たばかりですよ」
「優秀な人から学んだほうがいいからねえ」
 佐野はそう言った。
「先輩ずるいー」
 なにがずるいのかさっぱりわからない。

「そういえば先輩、旅行行ったんですよね。どうでした?」
 誰から聞いたんだ。
 初美の顔から血の気が引いた。
「いい温泉だったよ」
 温泉は確かに良かった。彼に出会うまでは、最高の旅になるはずだった。

「先輩、旅行が趣味なんですよ。お金持ちですよねえ」
 羨ましそうに瑚桃が言う。
「違うよ」
 普段は節約して、行き先を厳選し、えいやっと旅行に行くのだ。普段から散財しているような言い方はやめてほしい。彼女だってランチだディナーだブランドバッグだと騒ぐお金の使い方をやめれば旅行に行けるのに。

 わかっている。彼女には悪気はない。ただ考えが至らないだけだ。
「石室さんも旅行が趣味なんですよねえ」
「そうですね」
 彼がぎくっとするのが見えた。
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