初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
「お前を傷つけた以上に幸せにする」
 優しく耳に囁かれる。
 ダメだ。きっと優しいのは今だけだ。婚姻届を出す前に捨てられるか、離婚して捨てられるか。いずれにしろズタボロにされて捨てられる未来しか見えない。

「お断りします」
 もう会社は辞めるのだ。貴斗からの嫌がらせがあったとしても、短期間なら耐えられる。有給を消化すれば、退職までの間に出社する日数も減る。

 蓬星への影響は気になったが、彼が浮気する現場を貴斗も見たのだから、もう彼になにかをしないだろうと楽観することに決めた。

「お前の心が変わるのを待つよ。だが、明日の出張には来てもらうぞ」
「出張の予定なんてなかったはずなのに」
「先方からの急な依頼でね。断れなかったんだ」
 初美は黙ってうつむいた。

「私以外の人を連れて行ってください」
「警戒するなよ。ただの出張だし、日帰りだ」
 そんなことを言われても、警戒しないわけがない。
「お前をそうさせてしまったのも俺の責任だな。申し訳ない」
 貴斗はそう言って背を向けた。
 なんだかその姿がさみしげに見えて、初美の胸が傷んだ。

 これだ。これがダメなんだ。順花にも言われた。その場の雰囲気で感情が動いてしまう。情で動いているつもりはないのだが、見抜かれて付け込まれる。情に流されないように、しっかり自分の足で立つ必要がある。

 情で動かないというのならば、仕事は仕事と割り切ることが必要だろうか。
「明日、何時ですか?」
「行ってくれるのか」
「仕事ですから」
 初美はそう答える。これはただの仕事だ。日帰りだというし、きっと大丈夫だ。

「いつも通りに会社に来てくれ。会社から出発する」
「わかりました」
 答えて、初美は退出した。
 その背を見送り、貴斗はにやりと笑った。
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