初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~



 蓬星が指定したバーに、未麻はおしゃれをして訪れた。
 広さはそれほどなかった。カウンター席があり、テーブル席は三席ほど。
 店内に入るとシルバーの木々が客を出迎える。(だいだい)色の温かな光が店内を照らし、木々も同じ色に染まっている。同じく銀色の木の葉がエアコンの風に揺れてきらきらと瞬く。

 カンウターの中には様々な酒瓶が飾られ、LEDの光を受けて誇らしげに並んでいる。
 合格、と未麻は思った。
 ここで変な店を指定するなら、自分の夫にはふさわしくない。

「来てくれたね」
 蓬星は微笑した。未麻もまた微笑した。
 まだ早い時間のせいか、客は蓬星のほかにいなかった。
 彼はカウンターのとまり木に座り、ブランデーを傾けていた。
 なかなか絵になるわね。貴斗とは違う気だるげな感じがいいわ。
 未麻は満足して、だけどそれを表に出さないようにした。さみしげで、だけど愛しい人に会えて嬉しい、そんな表情を心がける。

「もう会えないかと思ってたわ。あんなに手ひどく私をふったのだもの」
「あのときは、ね」
 蓬星はそっと彼女の手を握る。
「俺が間違ってたんだと、今ならわかる」
 おおかた、女にふられたんだろう。彼の裸の写真を恋人だという女に送った。それでふられて慌てて未麻に乗り換えようとしたのかもしれない。そんな男は今までいくらでも見てきた。

 ならば、と未麻は思う。
 まだ少し焦らさなくてはならない。そう簡単に手に入れられるほど、自分は安い女ではないのだから。普通なら乗り換えだとわかった時点でふっている。

「また間違いだと思い直すのかしら」
 口元に笑みを浮かべ、目を細めて彼を見る。
「それはないな」
 蓬星は答える。彼もまた余裕の笑みを浮かべていた。
 もう私を手に入れたつもりでいるのかしら。
 未麻は侮蔑を隠して彼を見つめる。
< 136 / 176 >

この作品をシェア

pagetop