初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 こんなはずではなかった。狩るのは自分のほうで、獲物は蓬星だった。まさか逆になるなんて、あり得なかった。自分が開けたのはこんな扉ではなかったはずだ。

「間違いだったって……」
「あのときお前の呼び出しに応じたのが間違いだったな」
 ゆらり、と影が揺れた。
 気がつけば男たちは自分を取り囲んでいた。
 そのうちの一人はスマホを構えている。動画を撮る気だ。

「い、いや……」
 未麻はのけぞるように避けた。が、カウンターに背がぶつかるだけで、どこにも逃げ場はない。
 足が震えて、うまく力が入らない。
 まさか、と自分が飲んだカクテルのグラスを見る。
 まさか、あのカクテルには。
 きっと彼は女に振られているはずだ。

 彼は、乗り換えを企んだのではなかったのだ。復讐のために自分を呼んだのだ。

「ここは今日は貸し切りだ。思う存分、楽しめばいい」
 蓬星の言葉に、未麻は悲鳴を上げた。



 出張で訪れた地に、初美はため息をついた。白く染まったそれはすぐに透明になって溶ける。
 寒い地域ではひそかにため息をつくこともできない。
 そんなことを思いながら、前を歩く貴斗についていく。

 東北新幹線で宮城県まで来ていた。
 牛タンの有名なお店に連れて行かれた。食欲がないと言っているのに、豪華な懐石を食べさせられた。牛タンも牡蠣も含まれた懐石だった。

 牛タンも牡蠣も確かに美味しかった。だが、食欲のないときに食べるのは苦痛だった。
 その後は松島に連れて行かれた。
 初めて見る松島だが、隣にいるのが貴斗で、しかもその意図がつかめないからまったく楽しくなかった。

「仕事で来たんじゃないんですか?」
「アポまでまだ時間があるからな。お前には息抜きが必要だろう?」
 優しい微笑が、今の初美には不気味だった。

「アポは何時ですか?」
 聞いても教えてもらえなかったが、また聞いてみた。
「気にするな」
 社会人として、それを気にしないわけがない。
 なのに貴斗は初美にはまったく教えもしない。
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