初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
「私は旅行っていうか、温泉が好きで」
 初美はそう言った。彼とは違う、共通点などないと思いたかった。
「温泉、私も好きだよ」
 好きという単語に、初美はなぜかどきどきした。

 彼の自称が「私」になっているのは職場だからだろうか。
 一線を超えたのに、彼のことは何も知らない。
 初美はこっそりため息をついた。



 朝礼でみんなに紹介された。席は彼の隣だった。
 午前中はぎくしゃくと過ごした。
 が、異動後の初出勤だからだと思ってもらえて、周りからは親切にされてほっとした。
 昼になって彼が食事のために席を外すと、ようやく呼吸ができた気がした。

「先輩、いいなー。つきっきりで教えてもらえて」
 瑚桃が、ぶー、と頬をふくらませる。
 こういう子供じみたところも苦手だった。男性には好ましく見えるらしくて、かわいいなあ、と言われているのを見たことがある。
 君は魅力的だよ。
 彼の声が蘇り、顔が熱くなる。

「先輩?」
 けげんそうな瑚桃の声がして、初美ははっとした。
「なんだっけ」
「だから! 彼は私が狙ってるので、とらないでくださいね!」
「とるとかとらないとかじゃなくない?」
 過去にそんな感じでトラブルに巻き込まれて以来、そういう話題が苦手だ。

 高校時代のことだ。とらないでね、と言われて安易に了解してしまった。
 その後、男が初美を好きだと発覚して「とらないでって言ったのに!」と大声でなじられ、泣かれた。
 この先、どうなるんだろう。
 不安しかなくて、初美はため息をついた。
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