初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
「お前は善良だな。それが故に愚かだ。こんな簡単に騙されて」
 貴斗が歩み寄ってくる。
「来ないで!」
「俺がお前を抱いたと知ったら、あいつはどれだけ悔しがるだろうなあ?」
 貴斗は嘲笑う。

「あいつは子供の頃から目障りだった。いつもいつも、俺の前に立ちやがって。俺より年下のくせに!」
 初美は部屋を逃げ回った。が、貴斗は余裕で歩いて寄ってくる。

「あいつは会長の血のつながった孫で、俺は母親の連れ子だから血が繋がらない。それだけでどれだけ差別されてきたか!」

 初美は驚いで彼を見た。そんなことは初耳だった。ずっと彼は会長の孫、社長の息子であることを自慢していて、初美はそれを信じていた。疑うことなどなかった。

「あいつはサラブレッドで俺は雑種だと笑われ続けてきた。クズの血だ、と」
「そんなひどいこと……」
 他人を血筋によってクズだと言い切るなんて、許されることではない。

「俺がどれだけ悔しい思いをしたかわかるか。あいつと比べられ、親父には罵られた。あいつにできることがどうしてお前にはできないんだ。そう言われ続けた俺の気持ちかわかるか!」

「……それは同情します。だけど、だからって何してもいいわけじゃないです」
父親や悪態をついた人たちを恨むべきだ。どうして蓬星を恨み、どうして自分をひどい目に遭わせようとするのか。

 さっさと会社を辞めれば良かった、と初美は悔やんだ。貴斗にふられた時点で辞めてしまえば、新しい失恋もこんな恐怖も味わわずにすんだ。

「逃げ場はないぞ。外に出ても遭難するだけだ」
 軽装の自分が雪山で遭難。それはただ死を意味する。
 それでも。
 初美はバッとドアに走った。

 それでも、あんな男に汚されるよりマシだ。
 外に出ると冷気が肌を刺した。走りにくいパンプスで雪に足をとられながら走る。
「待て!」
 貴斗が追いかけてくる。
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