初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
「大丈夫だから、ゆっくり。ゆっくりこっちに手を伸ばして」
 初美が手を差し伸べる。

 さらり、とかすかな音がして、端の雪が崩れ、崖の下に落ちていく。
 初美はその小さな音に、振り向いた。
 そして、気がついてしまった。
 自分が崖っぷちにいることに。

「蓬星さん……」
「大丈夫だから。ゆっくり」
 寒さのせいだけではなく震えた。

 初美は懸命に手を伸ばした。
 蓬星も手を伸ばす。

 届きそうで届かない。
 雪はもろく、徐々に崩れていく。少しずつ、無音で亀裂が入っていく。

 あと少し。

 初美は焦った。
 蓬星は地面がどこまであるのかわからず、衝撃を与えないように、そろりと進む。

 指先が触れた。
 初美はほっとした。

 そして、初美が蓬星の手をつかむために態勢を変えた瞬間。
 ざあっと大きな音がした。

「きゃあああ!」
 初美は自身がのった雪の塊ごと、落ちた。
「初美さん!」
 蓬星の声が聞こえたのが最後だった。



 寒くて目が覚めたとき、初美の周囲は真っ白だった。白一色、それ以外にはなにも見えない。
 地面の白さもさることながら吹雪で空も白かった。
 こんなに白い夜が存在するなんて、知らなかった。

 私、どうなったんだっけ。
 ぼんやりと思い出す。
 そうだ。崖から落ちたんだ。
 幸い、新雪の上に落ちたようで怪我はなかった。だが、寒くて寒くて、動く気力がわかなかった。
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