初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
「貴斗が手近なものを使うやつで良かった。ほかのレンタル別荘なんかに行かれていたら間に合わなかったかもしれない。ここは祖父の別荘で、あいつも来たことがあるんだ」

 祖父と聞いて、初美は気になる。
「蓬星さんがTODOの創業者の孫っていうのは本当?」
「誰から?」
「たか……来島さんから」
「……本当だよ」
「どうして言ってくれなかったの?」

「俺には創業者とか関係ないことだから。……訂正する。関係ないことだった(・・・)から」
 言い直したことに首をかしげると、困ったように彼は微笑した。

「母が祖父の娘で、他の会社の人と結婚して、だから俺はTODOには関係ないと思っていた。母が温泉好きで小さい頃からあちこち連れて行かれて、俺も温泉好きになった。それでお風呂を作る側の仕事に就いた。それで生きていくんだと思っていた」

「就職活動に失敗したから、ではないのね?」
「俺が自分で選んだ道だよ」
 初美はため息をついた。

 貴斗の謝罪もなにもかもが嘘だったのだろう。目的のためには手段を選ばない。だから出世も早かったのだし、女を手に入れるためにもそうなのだろう。

 そうして、蓬星への嫌がらせという目的を達するために、演技で初美に謝り、殊勝に愛を語ったのだろう。
「どこまで本当でどこまで嘘かわからないわ」
 蓬星が初美を見る。初美は続けた。

「血のつながりがないから差別されたって、あの人がいってたから」
「父親がきつくて辛い思いをしていたのは本当のようだが、少なくとも祖父はそれで差別をしたことはない」
「そうなのね」

「会社を継ぐように、と祖父に言われてはいた。それがあいつには気に入らなかったのかもしれないな」
 蓬星は思い出したように言う。

「ずっと断っていたんだが、祖父が脳卒中で倒れてね。弱気になった祖父に、会社に入るだけでもと頼まれて転職したんだ」
 初美はうなずきながら話を聞いていた。
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