初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 初美は軽くはうなずけなかった。
「来島部長……てか、元部長か。遭難がニュースになって。それがきっかけだったらしいけど、なにか知ってる?」
 知っているもなにも、当事者だ。
「そのニュース、全国で流れたらしいね」
 初美はそう答えた。

「しかも、仕事にかこつけて宮城に遊びに行って遭難したって会社で噂になってたけど。アホかなって思うよね。それきっかけで過去のセクハラ、パワハラも問題になって。遅いくらいだけどさ」
「そうだね」
 話はそんな単純じゃないのだけど。
 初美は言えずに、コーヒーを飲んだ。
 蓬星がなにかしたのだろうか。

 ケリをつける、と目をぎらつかせていた蓬星を思い出し、初美は自分を抱きしめた。とんでもない人のプロポーズを受けてしまったのかもしれない。

 いや、本当にとんでもない人だ。創業者の孫で、社長を目指している。
 自分には不釣り合いかもしれない、と今更ながらに思った。
「彼氏とはうまくいってるの?」
「実は、プロポーズされた」
「はやっ! 羨まし! もちろんオッケーしたんだよね?」
「うん。もう一緒に住もうって言われてる」
 初美ははにかんで答えた。

「両親への挨拶は?」
「そういういろいろはこれから。仕事が大変そうだから、当分は先かも」
 一時期のような忙しさはないようだが、まだまだ多忙で、なかなか会う時間はとれない。
「これ、もういらないかあ」
 順花は紙袋をテーブルに乗せる。

「なに?」
「マンガ。今後の参考にと思ったけどさ」
「貸して。読むわ」
 思えば、彼女が貸してくれたマンガが蓬星と近づくきっかけの一つにもなった。

「もう幸せならいらないじゃん」
「幸せになるきっかけをくれたものだと思うの。私はただの物語で終わらせていたけど、なにかもっと深い物があるのかもしれない」
 それを聞いて、順花はにやりとわらった。

「よし、今夜はとことん語り合おう!」
「それは遠慮しておく」
 初美の言葉に、順花はガクッと肩を落とした。
< 173 / 176 >

この作品をシェア

pagetop