初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 お前もやれよ。素質あるよ。
 彼は会う人みんなにそう言っていた。
 あいつは筋肉しか頭にない。筋肉に負けたと泣くことになるのか、彼女もまた筋肉の世界にはまるのか。

「新しい世界か」
 蓬星はひとりごちた。
 蓬星もまた、新しい世界への扉を開けた一人だ。今までにない人生への扉を。
 それを、初美とともにくぐる。
 そんな幸せなことはほかにない。
 蓬星は一人、くすりと笑った。

***

 温泉につかり、初美ははあっと息をついた。
 今は夜の温泉に一人きり。
 浴槽は岩を敷き詰めたような作りになっていた。岩山のようなものが作られ、源泉は滝のようになって流れ込んでいる。

 湯温は40度くらいだった。熱すぎずぬるすぎない。
 すぐ脇にある桜の大樹は今は満開だった。
 湯船には船のようなお盆が浮かんでいて、中には徳利とおちょこがのっていた。

 はあ、幸せ。
 とはいえ、少しのぼせそうだ。
 岩に腰掛けようと湯船から立ち上がったときだった。男性が近付くのが見えた。
「きゃあ!」
 思わず湯船からお湯をかけた。
 お湯をかけられた男性……蓬星は、苦い顔で初美を見る。

「ひどいな。一緒に入るって約束してたのに」
「ご、ごめん、つい、びっくりして」
「まったく」
 蓬星が、嫌な思い出を塗り替えて、楽しい思い出を作るために別荘に招いてくれた。冬に遭難しかけたあの山の別荘に。
 そして、一緒に入る温泉に、初美が一足先に入っていたのだ。

 蓬星が温泉に入るために、腰に巻いたタオルをはずした。
 初美はとっさに目をそらした。
 お湯が白いタイプの温泉で良かった、と初美はどきどきしながら思った。
 蓬星がお湯に浸かると、初美は船のお盆を引き寄せた。
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