初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 芦屋初美(あしやはつみ)は、はあっと息をついた。
 一人だけの露天風呂。なんて贅沢なんだろう。三十一歳にして初の体験だ。

 大きな石で囲んで作られた浴槽には、熱いくらいのお湯が満たされている。初美の好みの温度だった。冷たい外気との温度差が気持ちいい。

 ここの温泉の泉質は炭酸水素塩泉で、美人の湯と呼ばれている。乳化作用のおかげで肌の角質が取れるのだという。

 周りには雪が積もっている。松が生えたこんじまりした日本庭園もついていて、小雪がちらつく様はうっとりする。
 部屋から直接来られるこの場所は、今は初美だけの場所だった。

 運が良かった。
 旅行サイトで格安で販売されていた、群馬の露天風呂つきの部屋だ。
 速攻で申し込み、ゲットした。
 年に一度か二度、旅行にいくのを楽しみにしていた。
 今回は近場で安く来れたから、最高だ。

 今日はごちそうを食べて、明日はスノーモービルの体験乗車をして、おみやげ買って……。
 わくわくと予定を思い浮かべる。

 いつまでも浸かっていたいけど、のぼせる前にあがらなくちゃ。いつでもまた入れるし。

 そうだ、今度はお酒をお盆に載せて、浮かべて入ってみよう。昔からやってみたかったんだ。
 そう思って湯からあがる。
 その時だった。

 部屋に男性がいた。
 縁側に立ち、驚いた顔でこちらを見ている。

「きゃああああああ!」
 人生最大の悲鳴をあげて、初美はうずくまった。
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