初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
初めて土下座を見た、と初美は呆然とした。
「申し訳ございません!」
女将と支配人が声を揃え、手をついて頭を下げている。
「顔を上げてください」
そう言っても、二人共顔をあげてくれない。
初美が借りた部屋に、今は初美とこの二人、さらに一人の男性がいた。
どうしよう、と彼を見る。
彼はずぶ濡れだった。痴漢だと勘違いした初美が手桶でお湯をぶっかけたからだ。
彼は無表情で女将と支配人を見ていた。
「こちらの不手際でダブルブッキングになってしまいました。ご不快をおかけして、申し開きのしようがございません」
女将が謝罪を重ねる。同じ女性だから、初美の不快さをわかってくれるのだろう。
初美が露天風呂から上がるタイミングで、案内された男性が入ってきてしまったのだ。
自分の裸を見た男性と同席だなんて、恥ずかしくてたまらない。
しかし。
「もう満室で、お部屋がほかにないんです」
女将が言う。
いったいどうしたらいいのか。
自分が先に部屋に来ていたのに。
もう夜だ。どちらが出ていくはめになるのだろう。こんな時間に放り出されたら、どうしたらいいのだろう。山奥の旅館で、駅からは遠い。
「今、別の宿も含めてお部屋を探しております。もちろんお二人の代金はお返しします」
「俺が出ていくよ」
男はため息をついた。
「車で来てるから最悪は車中泊もできるし」
「こんな日に? 凍死しちゃうわよ」
初美は驚いたが、男は平然としていた。
「車中泊は慣れてるから」
「でも、さっきから雪がすごいわよ?」
男は立ち上がり、窓を開けた。寒風が雪とともに入ってくる。視界は白く覆われ、見通しがきかなかった。
「嘘だろ」
呆然と男はつぶやく。
「と、とりあえずお食事でも。もちろん代金はいただきません。その間にやむかもしれません」
やんだところで、道は通れるのだろうか。
疑問に思ったが、初美は言わなかった。
男はまた、ため息をついた。