初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 異動は彼の働きかけのせいだった。
 いつぞや初美が「企画ってすごいね」と言ったのを覚えていて、初美が企画に行きたがっていると勘違いしたのだ。
 企画に行かせてやるから、余計なこと言うなよ。
 別れ際、彼はそう言った。

 貴斗は、異動させただけでは飽き足らず、自分を会社から追い出しにかかっている?
 流石にそこまでするだろうか。

 事務のままが良かったのに。
 それなら蓬星と再会することもなかっただろうに。
 初美はため息をついた。

 デスクの内線が鳴り、とっさに受話器をとった。
「はい、第一企画室です」
「蓬星はいるか?」
 名乗りもせずに言ったのは年をとった男性の声だった。

「石室副室長は席をはずしております。お名前をお願いいたします」
「浩志だ。今日は会う予定だったんだが……あ、来たようだ」
 電話はそれで切れた。

 初美は首を傾げた。
 彼の下の名前を呼び捨てにするような人が会社にいるのだ、となんだか不思議な気持ちになった。どういう関係だろう。きっと仲は良いのだろうけど。
 浩志さんから電話がありました、と付箋に書いて蓬星の机に貼った。
 お弁当を食べにいくために、初美も席を立った。

***

 蓬星は会長室のドアをノックした。
 許可が降りて中に入る。
 室内で待っていたのは会長の浩志だった。

 彼は着物姿で車椅子に乗っていた。しわの多い顔だった。頭のてっぺんは剥げていて、後頭部に残った髪はすべて白い。眼光は老いてなお鋭く、車椅子に乗っているというのにその威厳で大きく見える。

 すぐそばには秘書と介護士が控えていた。
「なんのご用ですか」
 蓬星は鋭く会長の浩志をにらむ。
「冷たいな」
 浩志はしわの多い口元に薄く笑みを刻む。
「仕事はどうだ」
 蓬星は顔をしかめた。

「俺はあんたに騙されてこの会社に来た。絶対に許さないからな」
「そうか、そうか」
 浩志はかかっと豪快に笑った。
 蓬星は怒りを隠しもせず、彼をにらみ続けた。
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