初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 瑚桃は「先輩ってドジですね!」と笑うだけで、片付けは初美がやった。上司に怒られたのは自分だった。
 処分予定の書類を、シュレッダーにかけちゃうよ、と同僚がふざけて脅すように言ったあと。

 仕事を変わってくれないとこれをシュレッダーしますよ、と重要書類を裁断しそうだった。
 そんなことが何回もあった。
 気付いた周りが止めてもなにが悪いのかわからず、なんで私だけ注意されるんですかあ? ときいてあきれられていた。

 彼女が異動になったときは心底ほっとした。
 まさか、ここで再会するとは思いもしなかった。
 先が思いやられる、とまたため息をついた。


 
 その日の就業まで、蓬星にお礼を言うタイミングがなかった。
 ちらちらと様子を窺ったが、イケメンな横顔が見えるだけだった。

 彫刻みたいに整った横顔だった。
 ブルーライトカットのメガネをかけているのも、またカッコよく見えた。
 垂れた前髪はサラフワで、真剣な目でパソコンを見つめる。マウスにかかった手は大きくて節ばっていた。

「定時で上がってください」
「はい」
 蓬星に言われて、初美は素直に従った。
 結局、お礼を言えないままだ、と気になって机の付箋を見て、思いつく。

 自販機の前に行き、少し悩んだ。
 彼はブラック派だろうか、カフェオレ派だろうか。
 結局、カフェオレを買った。
 席に戻ると、朝はありがとうございました、と付箋に書いてカフェオレに貼った。

「お疲れ様です、これどうぞ」
 初美が差し出すと、蓬星は微笑を見せた。
「ありがとう」
 彼が受け取ろうとしたのを、瑚桃が横からひったくった。
「ありがとうございますぅ!」
 唖然として、彼女を見る。

「なんで」
「喉かわいてたんで、助かりますぅ!」
 彼女のいつものおふざけなのか、蓬星と話しているのが気に入らなかったのか、初美にはわからない。
 蓬星は苦笑した。
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