初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
「気持ちは受け取ったから」
 付箋をつまんで、彼は言った。
 どきっとした。
 何も言えなくて、ただ頭を下げて、初美は先に帰った。
 顔が熱くて、外の冷たい空気が気持ちよかった。



 翌日、瑚桃はバリキャリ風の外見で出勤してきて周りを驚かせた。
 そういう感じもいいね、と男性たちは彼女をちやほやした。
 甘ったるい語尾をのばす喋り方もなくなり、ピシッとキリッと仕事をこなし始める。雰囲気だけかもしれないが。

 すごい、石室さん。調教師みたい。
 初美は素直に感心した。彼女の変身が何時まで続くかはわからないが、自発的に変えさせたところがすごい。
 だが結局、瑚桃がキリッとしていたのは午前中だけだった。
 午後にはいつものしゃべり方に戻っていた。

 彼女はここで役に立っているのだろうか、と初美は疑問に思う。
 たまに彼女が羨ましくなる。
 誰にでも積極的に話しかけ、失敗はテヘペロでやりすごす。めんどくさい仕事は人に押し付け、自分の道を通している。おそらく彼女は事務にいたときから変わっていないだろう。

 自分はといえば、周りを気にして、無難に安全にを目指してきた。
 恋には消極的だった。
 だから、貴斗の強引さがまぶしかった。
 あちこちデートに引っ張っていかれて、戸惑ったけど、楽しくてうれしかった。

「君にはこういうのが似合うよ」
 そう言って普段は着ないような服をプレゼントされ、舞い上がった。
 かわいいだのきれいだのと、褒め殺しをされた。
 自分が特別になれたようだったし、新しい扉を開けてもらえた気がした。

 すぐに彼が好きになった。
 毎日がきらきらして、まるでダイヤモンドのようだった。
 つきあい始めても、彼は優しかった。
 最初のうちは。

 徐々に、仕事が忙しい、と会えなくなっていった。
 たまに会えばすぐに体を求められた。
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