初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
嫌なことを思い出してしまった。
初美はまったく仕事に集中できなくなった。
順花が貸してくれたマンガには、自分から「抱いて」と言う女性キャラもいた。それくらいの積極性があれば、貴斗と破局しなかっただろうか。
いや、と思い直す。直接の原因は浮気だが、感覚が違いすぎるから、どのみち別れていたのだ。
ふと見ると、蓬星は席を外していた。
ため息をついて席を立ち、トイレに向かう。
貴斗はなんで私を恋人にしたんだろう。
ただの暇つぶしだろうか。
彼はいっときでも私を愛していたんだろうか。
言葉として言ってくれてはいた。
だが、本心はどうだったのだろう。
そんなことを考えていたせいか、気がついたら、見慣れない場所にいた。
さあっと血の気が引いた。
男性用の小便器が並び、一人の男が洗面で手を洗っていた。
間違えた、と気がついた瞬間、男が振り返った。
蓬星だ。
「どうしてここに?」
「あ、あの、間違えて」
足がすくんで動けなかった。
「俺を追いかけてくれたわけじゃないんだ?」
笑い含みに、彼が近寄ってくる。
そのまま、壁際に追いやられる。
「ち、違います!」
「俺はいつでもしてあげますよ」
彼の顔が近づいてくる。
キスされる!?
初美は、どん! と彼を押し返した。
「違いますからああ!」
叫んで、逃げ出す。
後ろからくすくす笑いが聞こえて、初美はただ逃げた。
彼には変なところばっかり見られて、最低だ。
男性トイレに入る変態だと思われたかもしれない。
なんとか誤解を解かなくては。
でも、どうやって。
いいアイディアなど浮かぶはずもなく、初美は何度目かわからないため息をついた。