初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~



 どうしてこうなった。
 男とテーブルをはさんで向き合い、初美は疑問を浮かべる。
 二人の間には豪華な舟盛りとカニ鍋。おいしそうな天ぷらもある。

 これらは初美が予約をしたときにはなかった豪華メニューだ。謝罪の意味で食事をグレードアップさせてほしいと女将に言われ、了承していた。それはいいのだが。

 普通、トラブルのある二人を同席させて食事を提供するものか。私が部屋に残ることになったんだから、彼は食堂に行かせればいいのに。
 サービスでついてきた高そうなお酒をわくわくして見ていたら、文句を言うタイミングを失ってしまった。

 彼も彼だ。
 なぜ文句を言わないんだろう。
 そういえば、裸を見たことを謝られてもいない。
 あれは事故だとわかっている。
 だけど普通は謝るものじゃないのか。
 むかむかと彼を見る。
 彼はあいかわらず平然としていた。

 イケメンだった。
 三十過ぎくらいだろうか。
 まっすぐな眉が男らしいが、粗野な感じはまったくない。穏やかな目をしていて、優しそうだった。
 黒髪はさわやかにカットされ後頭部は刈り上げられている。スッキリとなめらかな首筋がはっきり見えた。男性のうなじをセクシーだと思ったのは初めてだった。

 彼は大浴場で風呂を浴び、今は浴衣姿だった。浴衣は腰に帯を巻くので、洋服とは違って貫禄のある姿に見えた。
 袖から露出した手首の尺骨頭(しゃっこつとう)がまたセクシーだった。手は角ばっていて指が長い。

 ふいに、彼が前髪をかきあげた。
 袖がするりと落ち、前腕が露出した。筋肉質で骨ばっていた。

 どきっとした。そして、腹が立った。なんで自分の裸を見た人にときめかなくてはならないのか。
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