初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
「自由な発想が面白いこともありますけど、人間相手だとね」
「そうですね」
 さんざん悪気なくやられてきたので、好意的にとらえることはできないのだが。
「ちょっと休憩していきましょうか」
「休憩!?」
「変な意味じゃないですよ」
 くすっと彼は笑う。

「わ、わかってます!」
 頭の中に「ご休憩」の看板が出てきたなんて内緒だ。
 喫茶店に入り、二人でコーヒーを頼んだ。店内は暖かくて、ただそれだけでホッとした。頬に手を当てると冷たくこわばっていた。

「仕事には慣れました?」
「まだ全然です」
「そのうち企画書も出してもらうから、今からいろいろ考えておいてね」
「はい」
 企画書ってってなにを書けばいいんだろう。
 その前に異動願いを出す方が早い気がした。

 しかし事務に戻ったとして、そこで一生を過ごすのか。
 この先、誰かと出会って結婚なんてできるのだろうか。そしたら仕事はどうなるんだろう。独身を貫く覚悟で仕事をしたほうがいいんだろうか。どっちに転んでもいいように準備なんて、どうしたらいいんだろう。

「昨日だけど」
 蓬星の言葉に、現実に引き戻された。
「仁木田さんとはなにもないよ」
 言葉が砕けていて、少しどきっとした。
 なぜそんなことを言うんだろう。
 彼を見るが、笑顔だから逆に感情が読めない。

「帰り道に彼女がいて、一緒に駅まで行っただけだから」
「そうですか」
 なんだかほっとした。そんな自分に驚く。

 なんでほっとするんだ。
 まさか。

 蓬星を見ると、ゆったりとコーヒーを飲んでいる。
 ただコーヒーを飲むだけで絵になるなんて、と初美はため息をついた。
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