初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 うつむいているから、彼の表情はわからなかった。ただ足元だけが見えた。彼の黒い革靴はぴかぴかで、よく手入れされていた。スーツのスラックスを履いた足がすらりとしていて、スタイルいいな、と頭の隅で思った。

 続けて、あの夜だけ特別だった、だから忘れてください、と言おうとしたら、
「それって……」
 彼の声が降ってきた。
 だが、彼のスマホが鳴って、彼は言葉を続けられなかった。

「すまない」
 言って、彼はスマホに出る。
「石室です」
 少し離れて、彼は誰かと話し始める。
 あれ? と初美は気がつく。

 誰とでもじゃないんです、特別なんです。

 自分の言葉を思い返して、どきどきし始める。
 これって、まるで告白みたい!
 どうしよう!
 訂正しようにも、彼は通話中だ。
 電話を切ったら、すぐに訂正しないと。
 そわそわしながら待っていると、彼は顔をしかめて電話を続ける。

 トラブルかな。長くなりそうかな。
 不安になったときだった。
「クソジジイ」
 蓬星の口から、ポロッともれた。
 今、クソジジイって言った?
 初美は驚いて彼を見た。彼から出たとは思えないような単語だった。いつもの優しい微笑は消え、鋭く(くう)をにらんでいる。

 誰と話しているのか気になるが、聞き耳を立てるのも失礼だ。困って、少し離れたところで佇んで待った。
 彼はハッとしたように初美を見た。
「ごめん、先に帰って」
 送話口を押さえて彼は言った。
「はい」

 せっかく弁解のチャンスがあったのに、悪化した気がする。
 ため息をつくと、冷たい風が初美の心をかき混ぜるように吹きすぎていった。
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