初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 初美は主のいない隣のデスクを見てため息をついた。
 蓬星は、あのまま帰ってこなかった。
 告白と誤解されたかもしれない。だけど決定的なことは言ってない。だからきっと大丈夫。
 初美は自分に言い聞かせる。
 あの夜だけのこと。二度とあんな失態はしない。きっとちゃんと伝わっているはずだ。

 それでも不安は残ってしまう。
 こういうときは旅行だ!
 仕事を終えた初美は、旅行サイトで和歌山の旅館に予約を入れた。今週末、ちょうどあいていた。思いたってすぐに希望の宿をとれるなんてラッキーだった。

 岬の先端にあり船で行く旅館だった。洞窟みたいなお風呂もあって楽しみだ。
 近くには観光地もある。
 弾丸旅行みたいになってしまうが、それもまたいい。
 前回の旅行代金はまるまる戻ってきたから、それを当てることができた。

 和歌山はあちこち行きたいところがあるが、今回は西側と決めていた。東側の熊野三社はゆっくりと行きたいから今回はやめた。
 情報を集め、行き先を決める。
 なるほど、有名な絶壁があって景色がいいのね。海中展望塔なんて素敵。行きたいな。夏は海水浴場もあるんだ。
 白浜と勝浦っていう地名は、和歌山にも千葉にもあるんだ。
 観光情報を見ているだけでわくわくして、その間はいろんなことを忘れられた。

 マンガは順花に返し、もう貸さなくていいから、と断った。
 順花は残念がった。
 が、女性の理想が詰まったようなマンガは自分みたいな人間が読むと、なにかをこじらせる気がしてならなかった。
 所詮は娯楽だとわかっている。だがやはり、期待してしまう自分もいた。
 現実にはいない男たちと現実にはない展開。そんなものを期待していては、またおかしな男に引っかかってしまう。

 石室さんみたいな人とか。
 思って、がっかりした。
 なにかにつけて彼を思い出してしまう。
 忘れなくちゃ。
 彼はきっと遊び人だから。浮気されたって泣くのはもう嫌だ。
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