初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~



 土曜日は朝早くから出発した。
 新幹線と在来線を乗り継ぎ、目的地へ向かう。
 階段状の崖が有名なところだった。長さは二キロほどもあり、高さは六十メートルほどだ。
 恋人の聖地にもなっているから今の心境としては複雑だが、景色がいいらしい。雄大な景色を見て、いいため息をついて、気分を上げたかった。

 着いたあ!
 わくわくして崖に向かう。
 海がはるか眼下に広がり、柵のないそこは怖くて端まで近寄りたくなかった。だけど見てみたい。
 どきどきしながら近寄ると、看板があった。
 なんだろう。ゴミの不法投棄やめろ、とかかな。
 じっと見てみて、顔をひきつらせた。
 いのちの電話、と書いてある。

 ちょ、待って、これって!
 顔から血の気が引いた。
 誤解されたらどうしよう。
 真っ先に考えたのはそれだった。

 気軽な一人旅だった。
 ちょうど失恋したばかりで、それは順花もほかの友達も知っている。間違って崖から落ちたりしたら、失恋のせいで、なんて言われてしまうかもしれない。

 順花は、もっとマンガを貸せば良かった、なんて泣きそうだ。彼女はマンガも本も大好きで、心の拠り所にしているから、同じように心の拠り所があれば、と思うに違いない。

 連れがいたら誤解なんて受けないだろうに。
 そうだ、写真を撮ってれば、観光客だってわかってもらえるはず!
 スマホを出して景色を撮影する。
 柵のあるところに来ると、少しほっとした。
 でも、端っこまで行って間違って落ちたら、なにを言われるだろう。
 不安で楽しめなくなってしまった。

 そのときだった。
 見たことのある人影があった。
「石室さん!?」
 思わず声を上げた。
 振り向いた彼は驚いて初美を見た。
< 49 / 176 >

この作品をシェア

pagetop