初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
「まったく」
 男がつぶやくから、初美はまたむっとした。
 被害者は自分なのに、男性が被害者面しているのが許せない。
 いや、彼もまたダブルブッキングの被害者だし、初美はお湯をぶっかけたことをまだ謝ってない。
 だがしかし。被害の度合いなら自分が上だ、とむしゃくしゃした。

「いただきます」
 彼は手を合わせて食事を始めた。
 ちゃんと挨拶するんだ、と少し意外だった。
 初美も手を合わせて食べ始める。
 見知らぬ男性と二人きりの食事は、なんだか気まずかった。

「なんで私だけ裸を見られなくちゃいけないの」
「え?」
 聞きかえされ、初美ははっとした。
 思ったことが口に出ていたらしい。
 男はくすりと笑った。

「俺も裸を見せればいい?」
「はあ!?」
 初美はすっとんきょうな声を上げた。

「それならフェアでしょ」
「フェアじゃない! そもそも見たくないです!」
 初美は叫び、手酌でお酒を飲んだ。
「ふうん」
 彼は笑みを刻んだまま刺し身を口にした。
 初美はむっとして、さらにお酒をあおった。

***

 どうしてこうなった。
 彼はべったりとくっつく女に戸惑った。
 顔は真っ赤で、体をぐんにゃりと預けてくる。

 食事をしたら部屋を出るつもりだった。浴衣はトイレででも着替えてフロントに返せばいいと思っていた。お酒以外の食器を仲居に下げてもらったあと、彼は部屋を出ようとした。

 だが、酔った彼女がそれを許さない。
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