初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 彼は洞窟みたいなお風呂になにを思うんだろう。
 お風呂に入るってことは、裸になるってことで。
 いつか見た彼の裸は、筋肉がよくついていてセクシーだった。
 彼の少し濡れた髪も彼をひきたて、浴衣が似合っていて。
 いつの間にか彼のことを考えていることに気づいて、恥ずかしくなった。



 夕食は食堂でいただいたが、彼を見かけなかった。
 いつ会うのかもわからなくてそわそわしていたが、結局、その日は通路でもおみやげコーナーでも、まったく会わなかった。
 なんで会わないと思うときは会って、会うかもって思うときには会えないんだろう。

 そうして、自分に驚く。
 会えない、と思ってしまった。
 会いたいと思っている証拠だ。
 彼は今日のことをどう思っているんだろう。
 ストーカー、と冗談でも言われた。
 彼の自分への印象はそんな程度なのか。

「今日はもう早く寝よう」
 布団に入るが、妙にどきどきした。
 この隣に、彼はいる。
 彼はなにを思っているのだろう。

 じっと自分の手を見る。
 どうして手を握ってきたのだろう。
 まるで好意があるみたいだ。
 だけど、と思い直す。
 貴斗もそうだった。
 彼に手を握られ、肩を抱かれ、そのたびにどきどきした。舞い上がってつきあって、それで、最後は浮気された。

 浮かれちゃいけない。
 彼はきっと、軽い人だ。
 だけど、口説くようなことはなにも言ってこなかった。
 彼からしたら、自分こそが軽いのかもしれない。

「ああ、もう、わかんない」
 順花が貸してくれたマンガが頭をよぎる。
 マンガなら、男性がほどよくひっぱって女性を導いてくれる。
 あるいは、どうしようもない運命に流されて二人は最後に結ばれる。

 そんな運命なんてないのに。
 目をつむるたびに彼が思い浮かんで、なかなか寝付けなかった。
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