初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
「子供の頃に来たことあるけど、だいぶ変わったなあ」
「そうなんですか?」
「こんな水中回廊なんてなかったよ」
 水のトンネルを見て、彼は言う。

「ちょっと、いい?」
 彼がベンチを指して言う。
 うなずいて、一緒に座った。
 青い水の中に差し込む光がいくつもの柱になって、幻想的だ。
 銀色の大きな魚が眼の前を通り過ぎ、エイがひらひらと壁沿いに泳いでいく。

「エイの顔って、なんかおもしろいよね。正確には顔じゃないけど」
 体の裏側に情けない顔をして見える。目に見えるような二つの穴は鼻で、本当の目は表側についている。

「魚たち、ちゃんと透明な壁を避けて泳いでるのが不思議です」
「そうだね。彼らには俺達がどう見えているのかな。空気に囚われたかわいそうな生き物、なのかな」
 そうかもしれない、と初美は思う。
 空気を読んで、場に合わせて、人に合わせて、流されて。

「実際にはなんにも考えてないですよね。脳みそ小さいし、生きることばっかりで。そのほうがいいような気もします。潔くて」
「だけど、幸せを感じることも少ないかもね」
 彼が肩に手を載せてくる。
「!?」
 初美は驚く。

 こういうとき、どうするべきなのか。スマートに、不快を与えずに彼の手をどけるにはどうしたらいいんだろう。
 初美の気を知ってか知らずか、彼は初美を抱き寄せ、魚を見続ける。

 どういうつもりでこんなことをするんだろう。
 初美はそんなことばかりが気になって、もう水槽どころではない。
 魚ならこんなことで悩まないだろうな、と初美はうつむく。

「次、いく?」
 ささやきと共に吐息が耳にかかる。初美は顔を赤くしてうなずいた。
 立ち上がったときのどさくさで、なんとか彼の手を逃れることができたが、手を繋がれてしまい、結局どきどきさせられた。
< 60 / 176 >

この作品をシェア

pagetop