初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 小さな魚は珊瑚に隠れては現れて、大きなグレーの魚は平気で窓に寄ってきた。三十センチくらいだろう。説明を見て、それがニザダイだとわかった。尾びれの根本には鋭いトゲがあった。

「ニザダイばっかりですね。トゲがなんか怖い」
「そういう感想になるのか」
「食べられるんでしょうか」
「食用にもできるけど、臭みがすごいらしいよ」
 彼はくすりと笑った。

「あ、ミノカサゴ!」
 たくさんのヒレをつけたミノカサゴが、一匹だけふよふよと泳いでいた。
「写真で見たとおりですよ!」
「そりゃそうでしょう」
 彼はまた笑った。
 一周はあっと言う間で、もう少し、もう少し、と見ていたら、結局何周もしていた。
 そんなことをするのは初美くらいのようで、大抵の人は一周か二周で帰っていった。

「よほど気に入ったみたいだね」
 彼にくすくすと笑われ、恥ずかしくなった。
「なんか楽しくて」
「わかる。つい見ちゃうよね」
 彼が同じ価値観だったのが、なんだかうれしかった。

「海中展望塔は和歌山の白浜の方にもあるよ。俺が知る限りでは、あとは、千葉と高知と北海道かな」
「そっちも見てみたくなりますね」
「行ったことあるけど、どこも良かったよ」
 それだけ行ったらどれだけ旅費がかかるだろうか。それだけ旅行ができる彼の財力が羨ましくなった。それとも旅行ばっかりして貯金をしないタイプだろうか。

「今日の予定はここだけ?」
 蓬星がたずねる。
「ここだけで、帰ります」
「俺もだよ」
 では、この楽しい時間ももう終わりだ。明日からはまた、ただの上司と部下だ。

「今日は……昨日もですけど、ありがとうございました」
 初美は深々と頭を下げた。
「もっときちんとお礼をしてもらいたいな」
「え?」
 意外な言葉に、初美は戸惑う。
 どういう意味だろう。謝礼をだせということだろうか。でも、水族館の代金も断られたのに?
< 62 / 176 >

この作品をシェア

pagetop