初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
「俺はあなたに振り回されてばっかりだ。あの夜から、ずっと」
 彼はぎゅっと抱きしめてくる。
 初美は目を見開いて、ただ床を見つめた。
 彼はなにを言い出しているんだろう。

「俺も、誰とでもじゃないよ」
 耳に、彼の声が甘い。
「やめてください、私を惑わさないでください」
「先に俺を揺さぶってきたのはあなたなのに?」
「そんなことしてません」

「したよ。あの夜からずっと、俺はあなたを忘れられなかった」
「嘘です、そんなの」
「本当に。好きだよ」
 初美は手に力を込めて彼を押した。彼は押されるがまま、彼女を離す。
「俺は特別なんじゃなかったの?」
 あのときの言葉を、やはり誤解されている。

「あの夜は特別だったんです。だから忘れてください。そういう意味です」
 初美はうつむいた。彼がどんな顔をするか、見るのが怖かった。
「私……」
 言い淀む。
 彼が初美の次の言葉を待ち、沈黙が降りた。

 言わなくちゃ。
 初美はギュッと拳をにぎりしめた。
 どうせ、またすぐに終わりが来る。だったら最初から始まらなければいい。
 自分から終わらせたほうが、きっと傷が浅く済む。

「セックスが好きじゃないんです」
 戸惑う気配が、彼から伝わってきた。
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