初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 


 濃厚なキスを交わしたあと、彼は初美を抱きしめたままきいた。
「このあと、帰るんだよね?」
「はい」
「電車?」
「そうです。でもまだチケットを買ってなくて」
「だったら俺と一緒に帰ろう。送るよ。電車よりは時間かかっちゃうけど」
「そんなの大変ですよ、いいですよ」

「ここから都内までだからほとんど同じだよ。俺一人で乗っても高速代もガソリン代も変わらないんだから」
 くすりと彼はまた笑った。
「……じゃあ、お願いします」
 恥ずかしくもあり、一緒にいられるのが嬉しくもあった。



 それから二人で昼食を取り、東に向かった。
 途中に寄ったお店で自分と順花のためのおみやげにひやしあめを買った。和歌山は梅が特産だから、お弁当用に梅干しも買った。

 心は浮ついていて、ずっとどきどきしていた。
 運転する蓬星の横顔はやっぱり素敵で、いつまでも眺めていられそうだった。

「順調にいけば何時間くらいで着きますか?」
「七〜八時間かな」
「途中の休憩もしますよね」
 実際どれくらいになるのか、初美には予想がつかない。

「大きなSAだけ寄るつもりだけど、ほかでも休憩したくなったら遠慮なく言ってね」
「でも運転手が一番大変ですから、石室さんのペースで」
「蓬星だよ」
 運転しながら、彼は言う。

「これからは、プライベートでは蓬星と呼んで。俺も名前で呼ぶから」
「……でも、職場で間違えたらよくないと思うので」
「つきあってるの、隠したい?」
「はい」
 知られたら、特に瑚桃に知られたらなにを言われるかわからない。

 とらないで。
 最初に宣言されていた。
 了承なんてしてない。だけど、瑚桃がどう思うのか、返事の内容には関係ない。
 貴斗のこともある。貴斗との付きあいは隠していて正解だった。別れたときに同じ職場だなんて、自分だけじゃなくて周りもやりづらいだろう。

「そっか……。その方がいいかもね。でも俺は名前で呼びたい。いい?」
 彼なら職場で呼び間違えたりしなさそうだ。
「わかりました」
 初美が答えると、蓬星は微笑した。

「初美さん」
「なんですか」
 くすぐったい気持ちになりながら、初美は答える。

「呼んでみただけ」
「なんですか、もう!」
 初美がすねると、彼はまた微笑した。
 初美は胸がいっぱいだった。
 このあと、彼に予想外の場所に連れ込まれるとも知らずに。
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