初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 お昼になったときだった。
「芦屋さん、一緒にお昼どう?」
 隣の島の机の森崎に声をかけられた。
 普段は挨拶だけで話したことのない男性だ。
「私、お弁当なので」
「聞きたいことがあるんだけどなあ」
「なんですか?」
「ここではちょっと。君のためにもなると思うんだけど」
 にやりと笑う。
「私のため?」
 彼の(よこしま)な笑顔に、不安になった。ろくでもない内容だとしか思えない。
「芦屋さんに何か用?」
 席を外していた蓬星が戻ってきて、森崎に聞いた。
「個人的な話です」
 蓬星の目が冷たく彼を見据えた。森崎はそれだけでうろたえた。
「じゃ、また今度」
 森崎はそそくさと退散し、初美はホッと息をついた。
「困ったことがあったらすぐに言ってくださいね」
 蓬星が言う。
「ありがとうございます」
 彼が隣にいてくれて、こんなに心強いことはないと思った。

 データ整理以外にも仕事を任され、初美は張り切った。
 完全に下っ端の仕事だが、ようやく次の一歩を踏み出せた気がした。
「芦屋さん、きりがついたところで上がって」
 定時になり、蓬星が言った。
「はい」
 初美は素直に返事をした。
 だが、このまま帰るのが惜しい気がした。
 付き合うと決まったのが昨日で、彼の隣にいるだけで心は浮き立つ。
 少しでも一緒にいたい気持ちと、普通にしなくちゃという自制とで心が揺れた。
 踏ん切りをつけて帰ろうとしたときだった。
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