初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
「芦屋さん、帰り? 一緒に帰ろうよ」
 名前しか知らない男性同僚が話しかけてきた。確か、川越だ。
「いえ、私は……」
「話したいこともあるし」
 まただ。森崎といい彼といい、いったいなんだというのだろう。
 思わず蓬星を見ると、彼もまたこちらを見ていた。
「話ってなんですか?」
 初美は川越に聞き返す。
「ここではちょっと」
 にやにやと彼は笑う。
 ろくでもない内容だ、と察した。
 がたっと音を立てて蓬星が立ち上がった。
「彼女への話なら私が聞こう」
「プライベートな内容なんで」
 川越が卑屈に笑う。
「彼女への告白なら無駄だ」
 言うと同時に、蓬星は初美を後ろから抱きしめ、川越を見据える。
「彼女は俺と付き合ってるから」
 蓬星の声は、大きかった。
 ざわ、とフロアがざわめいた。
「ちょ、なにを!」
 初美は慌てる。それ以上、なにを言っていいのかわからなかった。
「だから諦めてくれ」
 蓬星の言葉に、川越はすごすごと引き下がった。
「えー! なんでぇ!?」
 瑚桃が声を上げる。
「先輩、取らないでって、私、言いましたよねえ!」
 初美は口をパクパクさせた。
 もう、なにをどう言ったらいいのか、さっぱりわからない。
「私は最初から彼女のものだ」
 初美を抱きしめたまま、彼は言った。
「ごめん。秘密にって言われたのに。ほかの男に口説かれるなんて我慢できない」
 周りに聞こえるように、彼は言う。
 守るためだ、とそれで察した。だが、これでは針の(むしろ)だ。周囲の好奇の目が突き刺さってくる。
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