初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
「彼女に関する変な噂をたてるなよ」
 酷薄な声だった。彼からそんな声を聞くのは初めてだった。
 瑚桃が怯むのが見えた。恐怖に口の端をひきつらせている。
 初美が振り返ろうとすると、蓬星は彼女をきつく抱いて表情を見せない。
「私はなにも言ってないですよぅ」
 弱々しく言い、彼女は立ち去った。
「このあと、時間くれない?」
 蓬星の声が優しくなった。
「俺につきあって」
「はい」
 どこに行くのだろう。初美は戸惑った。
 振り返って彼を見た。彼はさきほどの酷薄さを感じさせない微笑を浮かべていた。

 帰り支度をして、会社の外で待ち合わせた。
 公表されたのだから一緒に帰ってもいいのだろうけど、なんだかそれは恥ずかしかった。
 彼が当然のように手をつなぐのも恥ずかしかった。
 付き合っているのに。なんでこんなに恥ずかしいんだろう。
 どきどきして、激しい鼓動が止まらない。
 彼が初美を連れて行ったのは、カジュアルなジュエリーショップだった。
 初美が驚いていると、彼は言う。
「ペアリング、つけてくれない?」
 男性はそういうのを嫌がるものだと思っていたから、また驚いた。
「仁木田さんがありえないこと言うから、お互いの虫よけ。わかりやすいでしょ?」
 蓬星はにこやかに笑う。
 初美は、やっと理解した。夜の練習相手を募集しているなんて瑚桃が言うから、急に男性が寄って来たのだ。
「好きなのを選んで」
 初美は戸惑う。昨日の今日で、買ってもらってもいいんだろうか。
 ふと、貴斗のことが頭をよぎる。彼はよく物を買ってくれた。
 初美の気持ちが彼に向くと、彼はプレゼントを含めてすぐに愛を表現しなくなった。またそうなってしまったらどうしよう。
 ペアリングが置かれたコーナーに行くが、初美の表情は暗かった。
「どうしたの?」
< 80 / 176 >

この作品をシェア

pagetop