初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 新しさはないが、無難に、平和に、安全そうな道を選ぶ自分。新しい扉を自ら開けることはない。万人受けするデザインの指輪が、そんな自分にはぴったりな気がした。
「私が買ってもいいですか?」
 彼に『買ってもらう』のは、貴斗を思い出して嫌だ。貴斗は、買ってやったんだぞ、と何度も恩着せがましく言ってきたから。
 蓬星は別人だ。そんなことは言わないかもしれない。だけど、言うかもしれない。自分が買うなら、そんなことは言われずにすむ。
「男として、俺が買いたいけどな」
「私が買いたいんです」
 初美が再度言うと、彼は苦笑した。
「じゃあ買ってもらおうかな。あなたからの初めての……いや、二度目のプレゼントか」
「前になにかあげましたっけ?」
「コーヒーを」
 そんなことあったな、と初美は思う。そんなに前のことじゃないのに忘れていた。
「毎日つけて。俺も毎日つけるから」
 彼が言い、初美は照れてまたうつむいた。見なくても彼が微笑んでいるのがわかった。
「材質は銀ですから、温泉では外してください」
 店員がにこやかに言う。
「わかりました」
 店員が包もうとしたものを、蓬星はすぐつけるからと断る。
 受け取ってすぐ、彼は自分にはめさせてくれた。彼が手を出して待つから、彼の指輪は初美が彼にはめた。
「大事にするから」
 彼は初美をまっすぐに見て言う。
 自分のことか指輪のことかわからなくて、初美はただうなずいた。

 翌日の夜、順花をカフェに呼び出して、彼のことを報告した。
「あんた、やるじゃん!」
 会社帰りに寄ったカフェでのことだ。蓬星とつきあうことになった、と言ったら、開口一番、順花は言った。
「マンガ貸したかいがあるわー! もっと貸して上げる」
「いらない」
 即答した。
「実践で練習できるから?」
「何言うの!」
 順花にからかわれ、初美は顔を真っ赤にした。順花はカラカラと笑った。
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