初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
「でももう、私にまで聞こえてきてるよ。名前は出てないけど、異動して速攻でイケメン上司を落とした女がいるって。逆のもあったな。愛する女のために転職してきたって」
「そんな……」
「みんな噂話が好きだから。みんなすぐ忘れるから気にしないのが一番だよ。どうせまたすぐ来島部長のスキャンダルがでて、みんなそっちに夢中になるから」
 彼は女の噂が絶えない人だ。
 しかし、彼にも自分の噂が届くのだろうか。彼はなんと思うのだろう。もう別れたのだから気にする必要もないのに。
「指輪見せてよ」
 言われて、左手の指輪を見せる。しげしげとみて、順花は言う。
「シンプルなやつだね」
「なんか……なりゆきで」
 また流されたような気がする。波にたゆたい、だけど流されない魚を思い出した。自分がそうなれるのはいつなのだろう。
「トラウマまでいく前に次に進めて良かったよ」
 順花はほっとしているようだった。
「瑚桃は暴れたい放題に暴れてるみたいだね。調子にのりすぎ。そのうちもっとひどいことやらかすんじゃない?」
「可能性はあるよね」
 初美は瑚桃の悪気ない、だけど邪気のある笑顔を思い出して憂鬱にため息をついた。

 翌日、出社して第一企画開発室に向かっているときだった。
 廊下に、一人の男がいた。壁に寄りかかって立っている。
 茶色の髪にすらりとした肢体。スマートなスーツがよく似合っていた。
 彼は初美に気がつくと、ゆらりと近づいた。
「久しぶり、元気か?」
 貴斗だった。
 あいかわらずの茶髪だった。イケメンではあるがつり目の軽薄な顔立ちに見えた。
 なんでこんな人を好きだったんだろう。
 初美は貴斗を見てそう思う。
「なんだよ、俺に見とれて」
「違います」
「敬語かよ。冷たいな。前はあんなに仲良くしてたのに」
 腰に手を回されそうになって、さっと避けた。
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