初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
「今度一緒に行こう。予定考えてね」
「はい……」
 デートのお誘い……というより、お泊りのお誘いってことでいいのかな。
 初美はドキドキした。
 ちょっと待って、一緒に行くって、つまり一緒に入るの!?

 通常と付き合いのスタートが違うから、蓬星がどこまでを想定しているのかを図りづらい。日帰り温泉なのかお泊りで温泉なのか。
「あ、あの、明日なんですけど、お弁当、作ってきてもいいですか?」
 自分自身の思考をそらせようとして、初美は言った。

「俺の?」
「アドバイスのお礼に」
「いいのに。でもうれしいな」
 彼はにこやかに目を細めた。



 企画室に戻ると、瑚桃が待ち構えていた。蓬星は他の課に用事があるとかでそちらに向かった。
「先輩、温泉が好きなんですよねえ?」
「そうだけど」
 初美は警戒した。今度は何を言われるんだろう。
「ここの温泉、良いらしいですよ」
 プリントアウトした温泉の情報を渡された。
 静岡の温泉地にある古びた旅館で、露天風呂の写真は風情のある佇まいだった。

「素敵ね。でもプライベートなことで会社のプリンターを使うのはダメですよ」
「はあ? ここでは私が先輩ですけど!」
「社歴は私が上だから。仁木田さんなら賢いからわかるでしょう?」
 蓬星や室長のマネをして言ってみた。瑚桃はムッとして口を結んだ。

 なんで私がやると逆効果なの?
 初美はたじろいだ。
「情報はありがとう。参考にさせてもらうわね」
「また教えてあげますよ」
 にやりと笑って、瑚桃は自分の席に戻った。

 珍しいこともあるな、と思いながら初美はそれを眺めた。
 良さそうな温泉旅館だ。人気の温泉宿もいいが、こういうちょっと古いところも情緒があって好きだ。
 引き出しに入れて、初美は仕事を再開した。
< 93 / 176 >

この作品をシェア

pagetop