この愛が、いつか咲きますように
約一ヶ月後の放課後。愛華は保健室のデスクに本を広げていた。そこには彼女の上司である凛子はいない。凛子は二年生の修学旅行に引率として行っているためである。
「先生がいないとこんなに静かなんだな……」
そう言いながら愛華は保健室のドアを見つめる。そのドアが今日は勢いよく開くことはない。二年生である悠二は修学旅行に行っているためだ。明るい笑顔と、毎日のように聞いていた告白がここにない。そのことに気付いた愛華は、胸の奥に重いものが伸し掛かっているような感覚を覚えた。
(生徒からのおふざけの告白がないことにこんな気持ちになるなんて……)
愛華は胸元を掴み、手元にある本を見つめる。今読んでいるのは中島敦の「山月記」だ。この本は、愛華の言葉で読書をするようになった悠二が興奮しながら持ってきたものである。
『先生、この本すごいんだよ!人間が虎になっちゃうんだ!』
愛華の予想とは裏腹に、文豪の作品に悠二はハマったようで読んだ本を持って愛華に話すようになった。芥川龍之介の「蜘蛛の糸」、宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」、森鴎外の「高瀬舟」を最近は読んだと楽しそうに言っていた様子を愛華は思い出す。