初夜をすっぽかされたので私の好きにさせていただきます

03.ルシウスの計画



 ルシウスに会いにエバートン家へ出向いたものの、彼はまだ学園から帰っていなかった。

 ロカルドと同じ特進クラスである彼が何時に授業を終えるのか私は知らないので、メイドに案内されて応接間のような場所で待機すること30分。読んでいた推理小説がいよいよ山場を迎える頃、ルシウスが部屋に入って来た。


「おや、珍しい客人だね」
「嘘ばっかり。私が来ること、分かっていたでしょう」
「気の置けない友人みたいな喋り方をしてくれてありがとう。君が心を開いてくれて嬉しいよ」
「貴方と話してると空気を食べてるみたい」

 私は溜め息を吐くと、味のしない会話を打ち切るために、彼に向き直った。屈辱的だけれど、この男の手を借りるために私は昨日の話をしなければいけない。予定の時刻になっても現れなかったロカルドのこと、そしてすっぽかされた初夜の儀について。

 ルシウスは出されたコーヒーには手を付けずに、何事かメイドに指示を出す。メイドはすぐに深くお辞儀をすると部屋を出て行った。

「何て言ったの?」
「プライベートな話をするから席を外すように伝えた」
「べつにプライベートな話じゃないわ」
「君が意中の男に抱かれなかった話をみんなに聞いてほしいなら、もう一度呼ぼうか?」
「……いいえ、結構」

 やっぱり苦手。
 頭が良いのか、性格が悪いのか知らないけれど、ロカルドとルシウスは友人同士といえど太陽と月のように真逆だ。幼い頃からの友人だとロカルドはかつて言っていたけど、果たしてルシウスもそう思っているんだろうか。

 そもそも、友人ならば何故、見ず知らずの婚約者である私に肩入れして復讐に手を貸そうとするの?


「先に確認したいんだけど、貴方はロカルドの友達よね?」
「如何にも。俺はロカルドから親友認定を受けているよ」
「じゃあ、どうして私に接近を…?」
「言ったはずだ。個人的な理由がある」
「もしかして…貴方はマリアンヌを…?」

 ルシウスは何も返答せずに、ただ笑顔を見せる。
 私はそれを彼の肯定と受け取った。

「分かったわ、詳しくは聞かない。ただ助けて欲しいの」
「もちろんだよ、シーア。君はどうしたい?」
「私は…もうこれ以上、ロカルドに夢を見ることはできない。彼との婚約を破棄したいと考えているわ」
「それだけで良いの?」

 ニコニコと笑いながらルシウスは「カプレット家の令嬢は優しいんだな」と言った。優しいも何も、自分に出来ることなどそれが全てではないか。初夜の儀をすっぽかされたというだけで、ロカルドに損害賠償を申し立てることなど出来ない。

 べつに傷モノにされたわけでもなく、私はただ彼に相手にされなかった残念な女というだけなのだから。

「私は婚約破棄出来ればそれで良い。問題は、父親同士が決めた縁談を反故することを彼が受け入れるのか、という点よ」
「ロカルドの家の父親は絶対的な存在だからね」
「ええ。プライドの高い彼だし、私からの願いを聞き入れるとは考え難いわ……」
「一つ、良い方法があるよ」
「なに?」

 ルシウスは鞄の中からハンカチに包まれた何かを取り出した。白い布を開くと、中からは細い試験管が出てくる。

「これは……?」
「サラマンダーの毒だ。心配しなくても、改良を重ねたものだから致死の恐れはない」
「貴方、どうしてそんなものを…」
「Eクラスの君には扱えないものを、特進クラスの俺たちは手にすることが出来るんだよ」

 私はカッと頬が熱くなった。

 ロカルドとルシウス、そして我が婚約者が熱心に密会を重ねるマリアンヌは特進クラスに属していて、私は平凡オブ平凡なEクラスに籍を置いている。

 それは私自身がいつも感じていたコンプレックスで、場所も違えば制服の色も少し違う特進クラスは、学園の凡人たちの憧れの的だった。

「意地悪なことを言うのね。どうせ私は凡人よ」
「非凡なパートナーを持つと苦労するね、心中察するよ」
「……喧嘩を売ってるの?」
「そういう怒った顔は似合わない。シーア、俺は君と友達になりたいんだ」
「遠慮するわ。私は貴方を利用したいだけ」

 出てくる言葉の強さに自分でも驚いた。
 ロカルドに見捨てられた夜から、私は自分の中で小さな変化を感じていた。大人しく地味なカプレット家の末娘という役割には、もう飽き飽きしていたのだ。

 何もかもどうでも良い。
 みんなに良い顔をしていても、結局待っているのはこんな仕打ち。婚約者からは蔑ろにされて、その友人からは小馬鹿にされている。ロカルドと婚約を破棄しようとしている私と友達になりたいなんて、この男はどうかしている。


「じゃあ、利用してくれて良い。但し対価は払って」

 ルシウスはそう言いながら、私の手に毒の入った瓶を握らせる。私は触れ合う指先から伝わるのが、ちっとも善意なんかではないことを、この時は気付いていなかった。

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