初夜をすっぽかされたので私の好きにさせていただきます
07.アッサムティーで乾杯
二度目の訪問となると、使用人たちも何か疑わしげな目を向けても良いものを、ルシウスが何か言い伝えているのか彼女たちは昨日と変わらない様子で私を応接間に案内した。
琥珀色の紅茶とミルクを出されて、私は砂糖を一つ落としてクルクルとスプーンを回す。香り高い茶葉の匂いに癒されながら昨日の父親の話を思い返していた。国外にパイプを持っているエバートン家。確かに経営はうまく行っているのか、屋敷の装飾は我が家と比べ物にならない。
それにしても、ミュンヘン家が落ち目だなんて。
ロカルドからはそんな話もちろん聞いたことがないし、金曜日の晩餐会でも微塵も気配はなかった。
「ただいま、今日も君の勝ちだね」
「……おかえりなさい」
ルシウスの家で私が彼を出迎えるのも変な話だが、思わず口を突いて言葉が出た。
かつては笑顔の少ない彼のことを「ロカルドの無口な友人」として認識していた私だけれど、よくよく観察すると意外にもその表情にはバリエーションがあることが分かった。
口元だけ綻ばせて目がスンとしている時はただの愛想笑い、少しだけ目を細めて口角が上がっている時は何かを愉しんでいる顔、あとは怒りの顔でも見れたら面白いんだけど。
「シーアにそんなに見詰められると照れるなぁ、」
「ごめんなさい…考え事をしていたの」
「紅茶は気に入った?君が好きかと思って甘いものを出してもらったんだけど」
どうだろう、と首を傾げるルシウスの姿にドキッとする。美味しかったと礼を伝えるために口を開くと、メイドが入って来て彼の前に新しいティーカップを置いた。
弁えた彼女はそのまま静かにまた部屋を出て行った。エバートン家ではメイドたちの教育もしっかりされているようだ。
「とても美味しいわ、お気遣いありがとう」
「産地を限定したアッサムの茶葉なんだ。いずれこの国でも流通すると思うよ」
「貴方のお父様は本当に貿易の才能に秀でた方なのね」
「……そういう側面もあるのかな」
他人事のような話し方に違和感を覚えながら、私は昨日の計画についてより詳しい部分を詰めるために話を切り出した。
「それで、計画のことだけど…」
「ああ。君がロカルドを丸裸にする話だね」
「……その通りだけど言い方が悪いわ」
睨み付けると「ごめんごめん」と笑顔を返される。
これは反省していない時の彼の顔。
「それより、貴方…私の父に何か言った?」
「昨日の今日で俺が君のお父さんに挨拶する機会があると思う?タイムマシンでもないと難しいかな」
「そうよね……」
「俺のことを何て?」
「ロカルドが初夜の儀に来なかったことを何故か知っていて。復讐するなら貴方に相談しろみたいな言い方だった」
「へぇ、それは随分と信用してくれてるみたいだ」
嬉しそうにルシウスはニコニコと笑う。
しかし、彼の言う通り、私がロカルドへのやり返しの協力を仰いだのは本当に昨日のことで、話し合いを終えて帰宅した先で父親のウォルシャーがその話を既に知っているとは思えない。エバートン家の名前が出たのは単なる偶然だろうか。
考え込む私の様子を愉しむように、ルシウスは薄く微笑んでいる。ジルが言うように、黙っているとまあまあ悪くはない。彼の周りにも、ロカルド同様にその一挙手一投足を見守る令嬢は数多く居るようだった。
「それで、イメージは出来たの?」
「え?」
「ロカルドをひん剥いて襲うんだろ?」
「襲うなんて……」
私は顔が赤らむのを感じる。
姉たちによるレクチャーを思い出したのだ。
「百聞は一見にしかずって知ってる?」
「ええ…もちろん…?」
「君さえ良ければ、俺が練習相手になってあげよう」
「……は?」
「このまま此処でする?それとも部屋に行こうか?」
驚いて、伸びて来た手を叩き落とした。
ルシウスは相変わらず笑顔のまま「好きな方で良いよ」と付け加える。私はルシウス・エバートンという男のことが分からない。
(練習相手ですって?ふざけてる……)
結局そういうこと。婚約者に捨てられそうな哀れな女だから楽に身体を許すと思ったのだろうか。親切な顔で協力するフリをして、タチが悪い。
「馬鹿にしないで!その手には乗らないわ!」
「シーア、何か勘違いしてるみたいだ」
グッとルシウスの手が私の手首を掴む。どんなに動いても振り解けない圧倒的な力の差は、私に恐怖を植え付けた。
「ロカルドを前にして慌てふためくつもりか?サラマンダーの毒だって完全じゃない。君が圧倒的有利に立つためには、君自身が気丈に振る舞う必要がある」
「分かってるわ…!」
「……本当に?」
掴まれた手の甲をルシウスの指が撫でる。
心の奥底に触れられるようで落ち着かない。
「もう良いから、じゃあ教えて!手を離して!」
「ありがとう。素直な方が可愛いよ」
手のひらに口付けてにこりと笑う彼を見て、やられたと思う反面、ロカルドを前にして上手くやって退けることが出来るのかという焦りも感じていた。