初夜をすっぽかされたので私の好きにさせていただきます

09.動き出す計画



 ルシウスの予想通り、ロカルドとマリアンヌは翌日植物園で密会を決行することになった。

 Eクラスでの授業を終えて帰路に着いた私が一人になったタイミングで、どこで待ち伏せしていたのか声を掛けて来たルシウスが、愉しげに告げてくれた。

「もう少し離れて歩いてくれない?」
「どうして?」
「特進クラスの貴方が私と仲良く歩いている姿を他の令嬢に見られたら、計画が水の泡になるわ」
「そうだね。じゃあ怯えてる顔でもしておこうかな」

 私は呆れを通り越して尊敬の念すら抱きながら推し黙る。無口でクールだと思っていたルシウス・エバートンという男が、私と居るときに何故こんなにも犬のように(じゃ)れついてくるのか謎だ。

 ロカルドの隣に立っている時はいつも仏頂面だったから、おそらくロカルド自身も親友認定しているこの男のこんな姿を知らないのではないだろうか。

「近くに車を待たせてる。家まで送るよ」
「有難いけど断るわ、電車で帰るから」
「カプレット家は倹約家なんだね。でも、君が俺に同行してくれないと、後ほど君の家の呼び鈴を鳴らして迎えに行くことになる」
「……それは避けたいわね」

 ルシウス曰く、私たちはロカルドとマリアンヌが訪れるよりも先に管理人室で身を潜めておくらしい。

 まさか日勤の管理人たちも、自分たちが汗を流すシャワールームが、若い貴族の逢瀬の証拠を洗い流すために使われているとは知らないだろう。考えただけで吐きそう。

 自宅に帰るのは、今か今かと計画の遂行を待つ姉たちの手によって化粧を施してもらうため。それが済んだら、再びルシウスの車に乗って植物園へ出向く予定だ。

「分かった、お言葉に甘えさせて」

 このまま家まで送ってもらって外で待っていてくれた方が有難い。あとで迎えに来ようものなら、二人の姉からどんな質問を浴びせられるか分からないし。

 私はルシウスの後を追い掛けて、路地裏に停められた黒い車の中に乗り込んだ。走り出した車の中で、ソファに置いた私の左手はずっとルシウスの右手に触れていたけれど、ただの偶然であると意識しないように努めた。



 ◇◇◇



 化粧をしている間、ゴシップ好きのジルより、意外にも次女のローリーの方が熱心に私に語り掛けてくれた。

 先ず無理をしないこと。サラマンダーの毒を流し込むことでロカルドは身体が痺れて自由が効かなくなるとルシウスに聞いたけれど、万が一ということもある。暴力を振るわれそうになったり、逆に犯されそうになったら直ぐに逃げるようにとローリーは何度も私に忠告する。

「大丈夫、ルシウスが部屋の外で待ってくれるから」
「エバートンの?シーアも隅に置けないわね~」
「そんなんじゃないってば!」

 色恋と結び付けようとするジルに否定の言葉を述べつつ、鏡の中を覗き込む。ギラギラのグリッターを瞼にまぶした私の顔は、さながら舞台女優のようにド派手だ。

 化粧のせいか、年齢も大人びて見える。こんなことなら、復讐のためではなくもっと早くから、お化粧を頑張れば良かった。そうすれば、ロカルドだって他の令嬢に(なび)いたりしなかったかもしれない。

 しゅんとする私の背中をジルが叩く。

「間違っても情に絆されて許しちゃダメよ」
「許す…?」
「ミイラ取りがミイラになるってね。ロカルドを甚振(いたぶ)りに行くのに、アンタが逆に襲われて泣かされないようにってこと」
「そんなの有り得ないわよ!」

 私は怒って睨み返しながら、前髪を留めていたピンを外した。すとんとしたミルクティーブラウンのストレートヘアも今日はぐるんぐるんに巻かれている。

「ありがとうね…お姉ちゃんたち」
「ふふ、可愛い妹の大舞台だもの。応援させてよ」

 私を抱きしめるジルに覆い被さるように、ローリーも背中を撫でてくれた。マスカラで重くなった睫毛を何度も瞬きながら、私は二人の抱擁を受け止めた。

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