【ショートショート】言わなかった恋
言わなかった恋
私は恋をした。が、それは絶対に叶うことのない恋であった。
私が恋をした相手が同性だったからだ。しかも、その相手はすでに結婚しており、子供まであった。
私は好きになった人を見ると心が痛んだ。自分の気持ちを表に出したら、相手が困惑することが理解できていたからだ。
私は自分の心を殺したまま十年生きた。
ある日のことである。
偶然にも、私が好きである相手の人と二人きりで食事を摂る機会を持った。私は相手の人と食事ができるだけで胸が高鳴った。
食事は夕食であった。
私は下戸なのでアルコールを摂ることができないが、相手の人はたくさんのお酒を呑んでも平気な体質であった。
二人きりで二時間ほど飲食をした頃だった。相手の人は酒に強いとはいえ、相当酔っていた。
顔を真っ赤にしながら相手が言う。
「絶対に笑わないで聞いて欲しいんだけど、昔のことを話してもいい?」
「なに?」
「絶対に笑わないでよ」
「笑わないよ」
「私、十年前、あんたのことが好きだったんだよね」
「え」
私は単音を発し、硬直した。
「十年前さ、私、あんたが好きで仕方なかったんだよ。英語の言うところのⅬⅠKEじゃなくて、LOVEの方だね」
私は笑うしかなかった。
「でも、当時は素敵なパートナーと結婚して子供もいたよね」
「問題はそこなんだよね。確かに、私は既婚者で子供もいた。でも、あんたに恋をしちゃったんだよね」
私は咄嗟に、「私も十年前から、いや、今もあなたのことが好きです」と言おうとした。が、私は自身の気持ちを押し殺した。
「私のことをそんなふうに思ってくれたの? 光栄だな。同性から好かれるのって、異性から好かれるより格好いいよね」
相手の人の顔から酒による赤みが消えていく。
「私は本気だったんだよ」
私は苦笑いをしたままだった。
「でも、それは十年前の話だよね。今はお互いに立場もあるし、昔はそんな想いもあったな、くらいでちょうどいいんじゃないかな」
相手の人が私の瞳をじっと見詰める。その時間は十秒ほどのものであった。
相手の人が大きな声で笑った。
「そうだよね。同じ性別の人間が恋するなんて変だよね。第一、そんなこと気持ち悪いよね」
私は相手の人の口にしたことを心の中で整理した。
『同性で恋をすることは気持ち悪い』
相手の人が笑顔のまま、空になっていた私のグラスにお酒を入れた。相手の人は私の身体がアルコールを受け付けない体質であることを知っていた。
私がやんわりとお酒を拒否しようとすると、相手の人は真顔になった。
「私は誰にも言っていない、心の秘密、過去の秘密をバラしたんだ。あんたも呑んで酔っ払ってなにか言え」
私はグラスの中のものを一気に口中に注いだ。
「いい吞みっぷりだね」
三十秒もすると、鼓動が早くなり、顔面が上気してくるのが自身でもわかった。
アルコールが脳を弛緩させる。
たった一杯のアルコールで酩酊に近い状態になった私は思う。
(目の前の人が、私を好きだったと言ってくれているんだ。ならば、私も過去の、いや今現在も持ち続けているこの感情を暴露してもいいんじゃないか)
一杯のお酒によって私の思考は歪んでいた。
「実は、私も――」
口にした瞬間、私は先程、相手の人か感じていることを思い返していた。
相手の人が怪訝な面持ちで私を見る。
私は早口で言う。
「私、このお酒が好きだな。私は一切、お酒が吞めないと思っていたけど、このお酒ならいけるかも」
相手の人の顔が輝いた。
「それ、私のいちばんのお気に入りのお酒なんだよね。まず原料がさ……」
私は相手の人が語るお酒の蘊蓄を聞いていなかった。
ただ思ったことがあった。
自分の真の感情を伝えなくてよかった、と。
私は恋をした。が、それは絶対に叶うことのない恋であった。
私が恋をした相手が同性だったからだ。しかも、その相手はすでに結婚しており、子供まであった。
私は好きになった人を見ると心が痛んだ。自分の気持ちを表に出したら、相手が困惑することが理解できていたからだ。
私は自分の心を殺したまま十年生きた。
ある日のことである。
偶然にも、私が好きである相手の人と二人きりで食事を摂る機会を持った。私は相手の人と食事ができるだけで胸が高鳴った。
食事は夕食であった。
私は下戸なのでアルコールを摂ることができないが、相手の人はたくさんのお酒を呑んでも平気な体質であった。
二人きりで二時間ほど飲食をした頃だった。相手の人は酒に強いとはいえ、相当酔っていた。
顔を真っ赤にしながら相手が言う。
「絶対に笑わないで聞いて欲しいんだけど、昔のことを話してもいい?」
「なに?」
「絶対に笑わないでよ」
「笑わないよ」
「私、十年前、あんたのことが好きだったんだよね」
「え」
私は単音を発し、硬直した。
「十年前さ、私、あんたが好きで仕方なかったんだよ。英語の言うところのⅬⅠKEじゃなくて、LOVEの方だね」
私は笑うしかなかった。
「でも、当時は素敵なパートナーと結婚して子供もいたよね」
「問題はそこなんだよね。確かに、私は既婚者で子供もいた。でも、あんたに恋をしちゃったんだよね」
私は咄嗟に、「私も十年前から、いや、今もあなたのことが好きです」と言おうとした。が、私は自身の気持ちを押し殺した。
「私のことをそんなふうに思ってくれたの? 光栄だな。同性から好かれるのって、異性から好かれるより格好いいよね」
相手の人の顔から酒による赤みが消えていく。
「私は本気だったんだよ」
私は苦笑いをしたままだった。
「でも、それは十年前の話だよね。今はお互いに立場もあるし、昔はそんな想いもあったな、くらいでちょうどいいんじゃないかな」
相手の人が私の瞳をじっと見詰める。その時間は十秒ほどのものであった。
相手の人が大きな声で笑った。
「そうだよね。同じ性別の人間が恋するなんて変だよね。第一、そんなこと気持ち悪いよね」
私は相手の人の口にしたことを心の中で整理した。
『同性で恋をすることは気持ち悪い』
相手の人が笑顔のまま、空になっていた私のグラスにお酒を入れた。相手の人は私の身体がアルコールを受け付けない体質であることを知っていた。
私がやんわりとお酒を拒否しようとすると、相手の人は真顔になった。
「私は誰にも言っていない、心の秘密、過去の秘密をバラしたんだ。あんたも呑んで酔っ払ってなにか言え」
私はグラスの中のものを一気に口中に注いだ。
「いい吞みっぷりだね」
三十秒もすると、鼓動が早くなり、顔面が上気してくるのが自身でもわかった。
アルコールが脳を弛緩させる。
たった一杯のアルコールで酩酊に近い状態になった私は思う。
(目の前の人が、私を好きだったと言ってくれているんだ。ならば、私も過去の、いや今現在も持ち続けているこの感情を暴露してもいいんじゃないか)
一杯のお酒によって私の思考は歪んでいた。
「実は、私も――」
口にした瞬間、私は先程、相手の人か感じていることを思い返していた。
相手の人が怪訝な面持ちで私を見る。
私は早口で言う。
「私、このお酒が好きだな。私は一切、お酒が吞めないと思っていたけど、このお酒ならいけるかも」
相手の人の顔が輝いた。
「それ、私のいちばんのお気に入りのお酒なんだよね。まず原料がさ……」
私は相手の人が語るお酒の蘊蓄を聞いていなかった。
ただ思ったことがあった。
自分の真の感情を伝えなくてよかった、と。