身代わり娘の逃走計画
「部屋はすでに用意が整っておる、髪が元の長さになるまでそこで過ごしておれ」
「ありがとう、ございます」
「髪が戻ったなら後宮の者に直ちに伝えよ、良いな」
「はい、必ず」
私は触り心地の良い絨毯を見つめながら応える。パタリと汗が落ちて、赤紅色の生地に染み込んでいった。
国主様と案内してくれた役人が立ち去る気配がして、私は後宮に務める役人に連れられて部屋まで向かうことになった。旦那様とはここでお別れになる。
「……では、しっかりな」
「ええ、お元気で」
傍目からすると、情のない会話に聞こえただろう。けれど、内情は二人してそれどころではなかった。
旦那様はこれから大急ぎで店を閉めて、他の国へと脱出しなければならないし、私は私でこの宮殿から逃げ出す計画を練って実行しなければならない。
今生の別になってしまうだろうけど、その悲しみに耽る暇も私たちにはないのだ。
それは、旦那様もよくわかっている……はずだ。
「父君よ……お気持ちはわかりますが、もう……」
後宮の役人にそう声をかけられるまで、旦那様は私の手を握っていた。温かな手が静かに離れ、潤んだ目のまま私に深々と頭を下げる。私も同じくらい深く頭を下げて、目を瞑った。
「莉山様、参りましょう」
後宮の役人に優しく声をかけられて、私はとうとうひとりぼっちになったのだと悟った。