身代わり娘の逃走計画
雲行きが怪しくなってきた。私は磨き上げられた床に落としていた視線を旦那様に向けた。旦那様もまた私を見ていたので、視線だけで頷く。
「でしたらせめて、羅紗を被ったまま御目通りさせていただきたく存じます」
「ううむ」
役人は鷹揚な仕草で首を捻った。ここが正念場だ。御目通りが避けられないならば、なんとしてでも羅紗を被ったまま挨拶をしなければならない。
「であれば、自身で理由を話すが良い」
私は心の中で胸を撫で下ろした。旦那様のほうをチラリと盗み見ると、私と同じように安心した顔をしていた──が、すぐに緊張した顔つきになる。
そう、ここからが勝負であり、大博打だ。
私たちはとうとう、国主様が待つ玉座の間までやってきた。厳しい表情の番人に、役人が私たちついて伝えると、番人たちは重そうな朱色の扉を静かに開け始めた。
日々欠かさず油を差しているのだろう。蝶番は軋む音一つ立てずに動いていた。完全に扉が開かれると役人は先導し、軽く頭を下げながら歩いていく。私たちもそれに倣って頭を下げてそっと後をついていった。
できるだけ顔が見えないよう、役人の帯の辺りだけが見えるように縮こまって歩いていると、役人が足を止めた。そのまま膝をついたので、私たちも同じように膝をついて国主様の言葉を待った。