魔女ごときが魔王様をダマせるはずがない
イーダはすっかり安心して、いつの間にか魔王に箒を委ねていた。箒は今では魔王の魔力のみで飛んでいる。
それからふたりはしばらくの間、黙って箒に乗っていた。心臓と風の音しかしない。心地のいい沈黙だった。
(魔王様っていい人みたい。もしかしてだけど、特効薬を作ってもらう対価の変更とかもお願いできちゃったりするかな?)
だって、第一王女が魔界に来なかったのに『特効薬を作る』と約束してくれたくらいだから。
(コンテスト優勝者が作った美味しいパンを毎年もらってるはずだから、それに合うような集落で醸造してる葡萄酒はどうかな?)
「あっ!」
そのときイーダは思い出してしまった。
「どうかしたの?」
魔王が横からイーダの顔を覗き込んできた。
イーダの心臓が大きく飛び跳ねて、胸にぶつかってきた。
「何? 言ってごらん?」
黒い瞳に捕らえられてしまったイーダに逃げ道はなかった。
「……空を飛びたいっていうお願いの対価は何でしょうか?」
「あー、そうだった! 対価……僕の花嫁からもらう対価……」
箒が空に浮かんだ状態で停止した。