魔女ごときが魔王様をダマせるはずがない
今のイーダを見ていると、思い出したくもないのに、たった1度きりの恋を思い出してしまう。
(違う、自分はすでに思い出していた……)
国王から直接封書が届いたあのときから。
この20年間、意識して頭から追いやってきたけれど、思い出を封印した箱はこじ開けられたのだ──
春らしい陽気の午後だった。
ソフィーは大魔女から頼まれて、領主の邸宅まで痩身薬を配達に出かけた。
それなりの効果があるはずなのに、贅沢をしているせいですぐに元の体型に戻ってしまうのだろう。痩身薬は毎月定期配達することになっていた。
だから門番や領主夫妻とも顔見知りだし、慣れたものだ。この日も用件はすぐに済んだ。
(今日も中央街に寄っていこうかな。ほしい本もあることだし……んん?)
邸宅を辞したとき、若い男も同じ邸宅から出てきたことに気づいた。けれどソフィーと違って、男の場合は窓からだった。