魔女ごときが魔王様をダマせるはずがない
魔王が見やると、侍従長は一歩前に出て王女に頭を下げた。
「私のことは『ラーシュ』と呼んでください」
「名前……いいんですか?」
「本当の名ではありませんので。でも『ラーシュ』の名も気に入っていますので、気軽に呼んでくださるとうれしいです」
侍従長はにっこりして言った。
すると、王女の強張っていた顔もいくぶん綻んだ。
「そうなんですね。私の母の……友人も『ラーシュ』というんです。何だか親近感が湧いてしまいます」
「それは光栄ですね」
(おおい、いい雰囲気になってないか?)
「こ、コホンッ!」
ふたりは会話をピタリと止め、真顔で魔王のほうを振り向いた。
(今のはわざとらしかったかな……)
「王女、さっそく婚姻の儀式をおこないたいんだが……」
今しがた侍従長と話していたときには微笑みすら浮かべていたというのに、王女の顔は強張り青ざめていった。今にも泣きだしてしまいそうに見える。
(そんなに嫌がられるなんて、僕のほうが泣きたい……)