ウソから出たマコト~ニセモノの愛から生まれたホンモノの恋~
こんな慌ただしい時間が流れて行くが、もちろん忙しさの波はある。始業時間の午前9時から30分ほどがまずひと波。その後、10時を過ぎてから12時までが午前中のピークタイム。


そして多くの企業が昼休みに入る正午になると、訪問者は目に見えて少なくなり、この時間帯を狙って、受付嬢たちも昼食休憩に入る。近頃では、銀行などでも昼休憩時に窓口業務を1時間ほど閉めるところも出て来たが、総合商社はそうはいかないので交代制だ。


「千晶、第2会議室、確か午後イチでまた予定入ってたよね。すぐに清掃に入って。いい?」


「わかりました。」


「じゃ、私は休憩に出るから。菱見さん、ひとりになるからって、ぼっとしてないでよ。」


「はい。」


チ-フである貴恵が、厳しい口調で他の2人に言い残すと、席を立ち、ブースを離れる。背筋をピンと伸ばし、美しい姿勢を崩すことなく、コツコツとヒールの音を響かせながら、すれ違う来客や社員に対して、会釈や挨拶を如才なく交わし、やがてエレベ-タ-に消えていった貴恵の後ろ姿を見送りながら


「まさしく『THE受付嬢』ですよね、貴恵さん。」


「うん。」


「でも、部下たちに対しても、せめてもう少し優しい物言いを覚えていただけると、助かるんですけどね・・・。」


ため息交じりでそんなことを言い出した千晶に


「ハハハ・・・桜内さんは仕事に厳しい人だからね、私たちに求めるものもどうしても厳しくなるんだよ。」


穏やかな笑顔を浮かべながら、答える凪咲。


「凪咲さんは大人ですよね。私も見習います。じゃ、会議室セッティングして来ちゃいますね。」


「お願いします。」


そう言ってブースを離れる千晶を、凪咲は笑顔のままで見送った。


こうして、先ほどまでの喧騒がウソのように落ち着いてしまったブースに、ひとり取り残された形になった凪咲は、フッとひとつ息を吐くと


(あ~あ、今日はお昼、何食べようかな・・・?)


貴恵にはボンヤリしてるなと窘められたが、現実に1人になって、手持ち無沙汰になれば、考え事をするくらいしかやることはなくなる。でも、いつ何時、来客が入って来るかわからないから、「常に見られている」ということを意識していなくてはならず、だらけた態度など、当然とれず、意識は自動扉の方に向けている。


実際に、ポツリポツリと来客もあったし、外線も鳴ったりしたが、1人で十分対応できるレベルであり、そうこうしているうちに片付けを終えた千晶が、更には貴恵も休憩から戻って来た。


「引継ぎ事項は特にございません。」


彼女たちの不在時の状況を報告した凪咲は


「それでは休憩に入らせていただきます。」


と挨拶して、交代でブースを離れた。
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